看護部本日モ反省ノ色ナシ

看護師を中心に医療界の変なエピソードを話していきます

私は看護師をしておりますが まあおよそ一般社会では通用しないことがまかり通る それが看護師の世界です そんな看護師のエピソードとともに 医療界(病院)の変なことも話していきたいと思います

意味のない「医療監視」

医療機関では、

年に1回+必要時、

「医療監視」が行われます。

適時調査とは? “医療監視”との違い―診療報酬請求最前線 - 病院経営事例集 (hpcase.jp)

 

上記は、

あまり良い資料ではないのですが、

他に良いものがみつからなかったので、

参考までに。

 

「医療監視」というのは通称で、

資料にもあるように、

 

「医療法第25条第一項の規定に基づく『立ち入り検査』」

 

というのが正しい表現です。

 

保健所から、

監視員が来て、

資料にあるような点について、

点検が行われています。

 

行政機関が、

医療機関を統括している以上、

定期的に立ち入り検査を行うことは、

必要なことだとは思います。

 

しかし、

その中身に問題があります。

 

如何にも、

 

「やってます」

 

感を出しているだけで、

内容がないということです。

 

まず、

実施にあたっては、

実施機関(保健所)から医療機関に対して、

事前に連絡がなされることになっています。

 

急に行ったら、

失礼に当たるということと、

立ち会うべき人が不在であったら、

困るというのもあると思いますが、

抜き打ちでするからこそ、

意味があるのではないでしょうか。

 

近畿中央病院においては、

いやどこの医療機関もそうでしょうが、

立ち入り検査が来るとわかったら、

指導が入らないように、

徹底的に対策をします。

 

その例をいくつか。

 

まず、

点滴を作成するテーブルの下にある、

感染性医療廃棄物容器(所謂「感染BOX」)です。

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上のものは、

ほんの一例で、

施設によって様々な種類のものが、

使われています。

 

ちなみに、

最初に働いた病院と、

転勤した病院は、

段ボール製でした。

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近畿中央病院の、

私が所属した部署においては、

点滴を作成して、

その時使用した針を、

最小限の動線で破棄できるように、

感染BOXは、

点滴を作成するテーブルの下に配置されています。

 

これは、

合理的な配置だと思います。

 

動線が長くなれば、

その分針刺し事故が起きる確率が、

高くなるからです。

 

しかし、

この位置では、

医療監視の基準にひっかかってしまいます。

 

それで、

医療監視当日の朝に、

感染BOXを、

点滴を作成するテーブルの背後にある壁際に、

置き場所を変えるのです。

 

確実に、

動線は長くなり、

他者に針刺し事故をしてしまう確率が、

上がると思われます。

 

所詮は、

現場を知らない、

 

「机上の空論」

 

だと思います。

 

しかも、

テーブルの下で慣れているものですから、

当日の点滴作成は、

みんな動きがぎこちなくなって、

余計な時間を要してしまいます。

 

結局、

立ち入り検査が終わったら、

元に戻すのですから、

意味がないと、

言わざるを得ません。

 

次に、

流し(シンク)についてです。

 

看護師は、

仕事をする上で、

何度も手洗いをします。

 

それに、

経腸栄養食を準備するなど、

水回りをよく使用します。

 

ですから、

シンクが濡れているのは、

当たり前であるし、

しかたないと思います。

 

しかし、

これも指摘されました。

 

は?

 

おかしくないですか?

 

手洗いなどで、

使っているからこそのことで、

それをどうにかしろと言われても。

 

向こうの主張としては、

濡れている状況が継続することで、

菌が繁殖するということらしいです。

 

しかし、

頻回に使っていますから、

常に洗い流されている状況です。

 

沼や池のように、

水が淀んでいるのなら、

話は別ですが。

 

このことも、

 

「机上の空論」

 

と言えます。

 

この件は、

感染が絡むということで、

私が感染委員をしている時に、

感染委員会に振られました。

 

話し合いの時に、

使い終わったら、

布巾で拭く案が出されました。

 

そして、

それで決まりそうになりましたが、

私とあと何人かが、

それに反対しました。

 

その布巾を、

放置するほうが、

汚いのではないかと思ったからです。

 

しかも、

せっかく手を洗ったのに、

シンクを拭くために、

布巾を持つことは、

本末転倒です。

 

「手袋を付けたらいい」

 

という意見も出ましたが、

なぜ手を洗うだけで、

そこまでの手間をかけなければならないのか。

 

甚だ疑問です。

 

ただでさえ、

当時は手洗いさえ、

みんなに浸透させるのに、

苦労していたのです。

 

それに、

余計な作業が加わったら、

誰もやらなくなります。

 

それこそ、

 

「本末転倒」

 

です。

 

布巾で拭くことを実施するとして、

ではその布巾は、

誰が交換するのかという話にもなりました。

 

それについては、

感染管理の主任・上野一枝が、

看護助手(ヘルパーではない)に交渉して、

定期的に交換する話になりました。

 

結局、

使用する都度シンクを拭くのではなく、

定期的に看護助手が拭くことで、

落ち着いたと思います。

 

その方が、

現実的だと思います。

 

上野一枝は、

感染管理専任で、

現場のことをわかっていないので、

この件も含めて、

やっていること・考えていることが、

ほぼ

 

「机上の空論」

 

なのです。

 

個人情報の保護についても、

触れていきましょう。

 

近畿中央病院では、

ワゴンに乗った電子カルテを引っぱって、

病室をまわります。

 

その途中で、

他の受け持ち患者に、

ナースコールで呼ばれたら、

そこに行かなければなりません。

 

他の人は、

行ってくれませんから。

ナースコールを取らない看護師たち/それは職務放棄では? - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

個人情報の保護上、

電子カルテは、

その場から持っていくべきなのは、

十分わかっています。

 

しかし、

そこにはすぐ戻って来るので、

大概はそこに置いたままか、

最低限処置室に放り込むかの、

どちらかのなります。

 

しかし、

医療監視では、

詰所か、

鍵のかかる場所に入れることを、

奨励します。

 

そんなの無理だというのは、

病棟で電子カルテを使って働いたことがある人は、

みんなわかると思います。

 

そんなことをしているうちに、

先ほどナースコールを鳴らした患者は、

 

「遅い。何してるんだ」

 

と、

再度ナースコールを鳴らします。

 

そう、

患者にとっては、

ナースコールを押したら、

なるべく早く来てくれるほうが、

ありがたいのです。

 

このあたりも、

 

「机上の空論」

 

というか、

患者の思いと乖離(かいり)していると思います。

 

第一、

例え電子カルテの管理を、

ちゃんとしたとしても、

外でペラペラ、

私が入院したことを話す人が居るのですから、

そっちを何とかするべきです。

情報漏洩クイーン・ヘルパーKo - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

この時話した通り、

私のことだけでなく、

他の患者のことも、

外部の人間に話しているのですから、

これは完全にアウトです。

 

とにかく、

すべてが、

 

「机上の空論」

 

です。

 

医療監視をする側(保健所)も、

そして受ける側(医療機関)も、

形式的なことに終始するのではなく、

もっと現実的なこと、

もっと身になることを、

行っていくべきです。

私がインフルエンザにかかった時の話

この時に、

インフルエンザについて触れたのと、

他人に厳しい人は自分にも厳しくあるべき - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

前項で、

看護師長OISの話題が出たので、

今回は、

私が近畿中央病院において、

12年間でたった1度だけ、

インフルエンザにかかった話をしたいと思います。

 

前にも話したように、

看護の世界は、

かつて、

 

「熱があったら、座薬を使って熱下げて出てこい」

 

と言われるほど、

厳しかったようです。

 

私自身は、

そこまで言われたことはありませんが、

「他人に厳しい人は・・・」でも述べたように、

勤務中に体調不良になって、

当直医の厚意で診察してもらっただけで、

上司(THR主任)から嫌みを言われたのです。

 

人にそれだけ言うのなら、

では自身はちゃんとしているのかと言えば、

先述の通り自身も体調不良になったのです。

 

それで、

謙虚にしていたのなら、

まだ許せますが、

ヘラヘラしていたから、

余計腹が立ちます。

 

看護師だって、

人間なのですから、

体調が悪くなることぐらいあります。

 

いくら、

体調管理をしていても、

今のご時世、

管理を超えた事象が起こり得ます。

 

第一、

看護師が健康でないと、

患者の看護ができない、

いやしてはならないと思います。

 

ですから、

体調が悪ければ、

仕事をさせるべきではないのです。

 

これは、

2011年か2012年の冬の話です。

 

その日は、

日勤でした。

 

朝から、

体調が優れませんでしたが、

家に体温計がなかったのと、

休むほどではなかったので、

病院に向かいました。

 

詰所に着いてから、

体温を測りました。

 

【37.5℃】

 

今なら、

完璧にOUTですが、

当時は、

 

「37.5℃以下なら働け」

 

という風潮が、

看護師の世界以外でも、

一般的でしたから、

休む理由がないのです。

 

それでも、

アピールをしておこうと思ったので、

朝の申し送りの時に、

日勤看護師全員にだったか、

OIS師長個人に対してだったかは忘れましたが、

微熱があって体調が優れないことを伝えました。

 

アピールしたからといって、

受け持ち患者を考慮してもらえることは、

一切ありませんでした。

 

体調が悪いと言っているのに、

詰所に一番近い観察室に入院している、

インフルエンザの患者を担当することになっていました。

 

その時は、

私のインフルエンザは、

確定していないので、

本来なら受け持ちを外すべきではないでしょうか?

 

その前に、

受診を指示するべきだと思いますが、

それもありませんでした。

 

そもそも、

インフルエンザの患者を、

入院させること自体問題なのです。

 

近畿中央病院は、

このことも、

内々には言うのですが、

患者もしくはその家族が、

 

「入院させてくれ」

 

と言ったら、

ホイホイ入院させます。

 

これでは、

まん延してもしかたないのですが、

いざまん延したら、

感染管理の上野一枝が、

自分の無策を棚に上げて、

看護師の責任にするのです。

 

もしかして、

当時の感染管理は前任者かもしれませんが、

上野になってからはずっとこんな感じです。

 

この日は、

他にナースコールを頻回に鳴らす患者が居て、

前項で述べたように、

すべて私が対応したので、

その部屋と詰所を行き来して、

余計体力を消耗しました。

 

「なるべく早く帰ろう」

 

と思って、

看護記録をちょっとずつ行っていた結果、

仕事は思ったより早く終わりました。

 

そして、

仕事終了後に熱を測りました。

 

【38.3℃】

 

明らかに悪化しています。

 

OIS師長に、

報告しようとしましたが、

不在でした。

 

私は、

 

「熱が38.3℃に上がっているので帰ります。明日、近くのクリニックを受診します」

 

というメモを残して、

帰宅しました。

 

翌日は、

たまたま休みだったのです。

 

そして、

その一晩、

倦怠感・全身筋肉痛で、

ほぼ眠れませんでした。

 

翌日、

朝イチで近くのクリニックを受診しました。

 

インフルエンザの検査といえば、

鼻の穴に細い綿棒を奥まで突っ込んで、

グリグリするイメージでしたが、

このクリニックは、

鼻水で検査するキットを使っていました。

 

ちなみに、

近畿中央病院では、

少なくとも2019年末までは、

「細い綿棒」方式でした。

 

診察したその場で、

瞬時に結果がわかり、

案の定「陽性」でした。

 

リレンザが処方されて帰宅。

 

電話で、

OIS師長に報告しました。

 

「やっぱりそうだったの。お大事に」

 

そういう反応でしたが、

体調が悪いことは、

前日の時点で言っているわけで、

その時点で受診指示をしてくれたらと思いました。

 

このOIS師長、

基本的には悪い人ではなく、

近畿中央病院の師長の中では、

全然良い部類に入ります。

 

しかし、

この時に述べたように、

看護師不足で入院制限!?/前代未聞の施策・近畿中央病院 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

若干天然なところがあるのが、

玉に瑕です。

 

でも、

人柄としては、

それも許されてしまうような人でした。

 

では、

私はどこでインフルエンザをうつされたのか。

 

私は、

体調不良の時に、

インフルエンザの患者を担当したことによって、

うつされたのではないかと思っています。

 

私は、

車通勤をしていたので、

通勤中にうつされたということは、

絶対にあり得ないのです。

 

また、

別居の家族にも、

インフルエンザの者は居ませんでした。

 

そもそも、

私は1人暮らしです。

 

冬は、

休みでもほとんど外出しないので、

うつる確率は相当低いと思います。

 

この時のしんどさが忘れられなくて、

 

「もうあんな思いは2度としたくない」

 

という思いから、

私が対策を強化したことと、

感染委員に就任したことで、

それ以降、

院内でインフルエンザがまん延しても、

私がインフルエンザにかかることは、

今の今まで1度もありません。

 

インフルエンザのまん延が繰り返されてから、

熱のある場合は、

必ず受診をするようにとの指示が、

病院から公式に出されて、

こんなことはもうないと思います。

 

しかも、

今のご時世ですから。

 

しかし、

前にも話しましたが、

インフルエンザに固執するあまり、

私の結核への罹患が、

1ヶ月ほど放置される結果となったのです。

 

何回も言います。

 

看護師だって人間です。

 

体調の悪い看護師を、

無理に働かせることは、

患者にとっても良くありません。

 

体調不良を訴えたら、

上司(看護師長)は、

適切な対処をしましょう。

 

そして、

同僚は、

体調不良になった看護師を、

非難するのはやめましょう。

 

「明日は我が身」

「お互い様」

 

なのですから。

 

でないと、

井上のように、

心配してもらえなくなりますよ。

 

ちなみに、

この時私は、

5日間休みましたが、

やはり、

 

「自己管理がなっていない」

 

と言っていた輩が居たそうです。

 

こんな話は、

その場に居なくても、

後々聞こえてくるものです。

 

病気になった時点で、

その人は患者、

そしてあなたは看護師なのです。

 

看護師が、

患者を中傷するなど、

あってはならないはずです。

 

そんな看護師は、

とっとと看護師を辞めるべきです。

 

片山、

お前に言ってるんだよ!

ナースコールを取らない看護師たち/それは職務放棄では?

これは、

私が近畿中央病院において、

外来検査部門から、

病棟に異動になった時の話です。

 

今は、

ほぼベテランと3年目以下の若手しか居ませんが、

当時は5~10年目の中堅も結構居て、

バランスの良い看護師の構成となっていました。

 

ですから、

今と違って、

中堅看護師が、

年間を通しての病棟のリーダー・副リーダーを担っていました。

 

今は、

「超」がつくほどのベテランが、

それをしなければならないほど、

中堅の人材が不足しているのです。

 

それは、

前にも話した通り、

若い看護師が、

3~5年で辞めて、

他の病院に移るからです。

 

その理由は、

言わずもがなです。

 

私は、

その時36歳で、

ベテランの域に入っていましたが、

だからといって、

来ていきなり、

横柄な態度をとることは、

もちろんしませんでした。

 

そんなことは、

当たり前のことだし、

医者の世界と違って、

看護師は、

病院・部署が変われば、

イチからなのです。

 

でも、

年長者や先輩に対しては、

多少なりとも敬意を示すものです。

 

しかし、

この時居た中堅看護師は、

実際仕事はできるのかもしれませんが、

自分のことを、

 

「できる」

 

と勘違いしている人ばかりでした。

 

そんなこともあって、

挨拶もロクにできないような者ばかりでした。

 

あの菊池ですら、

私が異動してきたら、

 

「副リーダーをしている菊池です」

 

と、

自ら挨拶してきたのに。

嘘をつく女/先輩を舐め切った後輩女性看護師・菊池 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

そうして、

病棟での仕事を始めたわけですが、

仕事をしている上で、

ある違和感を感じました。

 

最近、

YouTubeにもあがって居ましたが、

 

「ナースコールは新人がとるもの」

 

みたいな風潮が、

看護師の世界にはあります。

 

それもあって、

私は異動後、

積極的にナースコールを取っていました。

 

それは、

新人であろうが異動してきたものであろうが、

関係ないとは思いますが、

病棟で働くのが、

7年ぶりだったので、

勘を取り戻す意味合いもあったのです。

 

「ある違和感」とは、

ある男性の患者のナースコールを、

詰所に山ほど看護師が居ても、

誰も取らないのです。

 

3年目以下の若い看護師や、

主任など超ベテランは取るのですが、

中堅どころは、

まず取りませんでした。

 

それで、

私が取って対応しました。

 

チームが違ったので、

どんな患者かは思い出せないのですが、

足元がおぼつかないにもかかわらず、

尿器(尿瓶)・ポータブルトイレを使って、

病室で排泄をすることを、

断固として拒否していました。

 

それで、

トイレまで案内して、

そこで尿器を使って、

排泄をしていました。

 

トイレに行ってまで、

尿器を使うということは、

尿量測定をしていたのかもしれません。

 

しかも、

年齢のためか、

泌尿器系の問題があるのか、

尿量が少ない割に頻尿でした。

 

ですから、

この患者の対応を、

30分~1時間おきに必要だったのです。

 

さらに、

足元がおぼつかないのに、

車椅子の使用も拒否していたので、

必ず付き添い歩行での誘導でした。

 

中堅どころの看護師にしてみれば、

面倒くさいことこの上なかったのかもしれません。

 

しかし、

これは仕事です。

 

選り好みなどしては、

ならないのではのいでしょうか?

 

それを注意しない、

病棟師長もどうかとは思います。

 

ちなみに、

この時の病棟師長は、

この時に登場したOISです。

看護師不足で入院制限!?/前代未聞の施策・近畿中央病院 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

この人、

良い人なのですが、

周りが見えていないというか、

鈍感なところがあったので、

気付いていなかったのかもしれません。

 

別に、

いくら受け持ちでもなく、

ましてやチームも違うからといっても、

ナースコールの対応を対応することは、

仕事なのでいいですが、

そこにも矛盾があります。

 

後日ちゃんと話そうと思っていますが、

近畿中央病院においては、

すぐに受け持ちに仕事を振る傾向にあります。

 

例えば、

ナースコールがあったとします。

 

そしたら、

 

「(私の名前)さん、ナースコール鳴ってますよ」

 

と、

ナースコールを取ることすらしない人も居ます。

 

井上や、

その姿を見て育った小池が、

これをやります。

 

小池など、

私より20年近くも後輩なのですから、

せめてナースコールを取るぐらいしろやと思いますが、

井上という悪いお手本を、

新人時代から見て育った結果でしょう。

 

ナースコールを取ったとしても、

用件を聞きに行くのを、

受け持ちに振る人も居ます。

 

ナースコールを取って、

用件を聞くまでが、

最低限の仕事ではないでしょうか?

 

その用件を、

受け持ちに振るのは、

百歩譲ってしかたがないかなと思いますが、

本来は、

用件を完遂するまでが、

対応した者の責務です。

 

受け持ち如何にかかわらず、

チーム如何にかかわらず、

ナースコールを取り続けた結果、

あれだけツンケンしていた中堅どころが、

私のことを認めるようになりました。

 

私は、

学生時代のアルバイトでも、

看護師になってからも、

常に全力で仕事をして、

それで周囲を認めさせてきたのです。

 

今後、

看護師はやりませんが、

このスタイルは、

ずっと続けていきます。

 

そういえば、

思い出しました。

 

この時の病棟師長から、

こんなことを言われました。

 

「(前述の患者の名前)さんの、ナースコールをとってくれてありがとう」

 

つまり、

病棟師長は、

中堅どころが、

その患者のナースコールを取らないことを、

黙認していたのです。

 

これも思い出したのですが、

中堅どころが詰所に居るにもかかわらず、

ナースコールを取らない時に、

病棟師長が対応していたことがありました。

 

なぜ、

そこまで中堅看護師に、

気を遣う必要があるのでしょうか?

 

これが、

 

「自分たちは仕事ができる」

 

と、

勘違いする要因になっていると思います。

 

仕事、

できてないじゃないですか。

 

ナースコール対応も、

看護師の立派な仕事です。

 

病棟師長であれば、

指導力をもって、

 

「ナースコールを取りなさい」

 

と言うのが普通じゃないですか?

 

この時の看護部長は、

藤井四美枝で、

後任の前田正美よりははるかにマシですが、

指導力はありません。

 

上司にできないことは、

部下にできるわけがないのです。

 

指導力がないのも、

近畿中央病院看護部上層部の、

 

「伝統芸」

 

です。

 

この時の中堅どころは、

翌年・翌々年までに、

1人を除いてみんな近畿中央病院を辞めて、

他の病院へ行きました。

 

1人だけ、

近畿中央病院の出戻りしましたが、

こんな人はこの人だけです。

 

近畿中央病院を辞めて、

今でもSNSで交流のある人は、

みんな、

 

「辞めてよかった。2度と戻らない」

 

と言っています。

 

残った1人は、

いろいろあって、

今はだいぶまるくなっています。

 

あとの人達も、

風の噂によると、

 

「近畿中央病院より仕事が楽。辞めてよかった」

 

と言っているそうです。

 

職場を変わる立場の大変さも、

わかったことと思います。

 

この風潮は、

決して良くありませんが、

看護師の世界は、

例え同じ病院でも、

部署が変われば、

またイチからスタートなのです。

 

それを、

先輩風を吹かせて、

最初から横柄な態度をとっていたら、

反感を買うだけです。

何しに来たんだ!/嵐のように去っていった男性看護師 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

看護師、

いや人間誰しも、

自分が

 

「できる」

 

と思った時点で終わりです。

 

年齢・キャリア関係なく、

一生懸命仕事をしている姿を見せれば、

周囲の人を黙らせることができるのです。

 

人についてきてほしければ、

圧力で支配するのではなく、

仕事で示してください。

「私たちに付いてこれる者だけ付いて来たらいい」は?/とんでもない勘違い野郎 片山&藤崎 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

ちなみに、

上記の2人(もはや名前を出すだけで反吐が出る)は、

とても人が付いて来るような仕事ぶりでは、

ありませんでした。

型通りのことしかできない看護師/応用の利かない看護師・OKMT

これは、

救命救急センターに居た時の話です。

 

確か、

救命救急センターに異動になった年だったので、

看護師としては2年目の時でした。

 

そこに、

OKMTという看護師が居ました。

 

OKMTは、

救命救急センターの生え抜きで、

年は30代なかばだったと思います。

 

救命救急センターの生え抜きの中でも、

年長だったため、

他の生え抜き看護師からも、

一目置かれていました。

 

OKMTは、

私が救命救急センターに異動してきた当初は、

救急外来(初療)担当でしたが、

ローテーションで、

私の居る一般病棟に異動してきました。

 

初療と重症病棟の経験は豊富だったようですが、

一般病棟へのローテーションは、

初めてだったようです。

 

一緒に仕事をすると、

真面目というか、

堅い印象を受けました。

 

わからないこと、

知らないことに対して、

それを追求するのはいいのですが、

教科書通りでないと、

納得しないのです。

 

ただ、

例えがわかってもらえるかわかりませんが、

 

「バレエを踊っているように」

 

軽やかに、

仕事をこなしているように、

2年目の私の目には映りました。

 

それぐらい、

テキパキ仕事ができたらと、

思ったものです。

 

ある時、

私は準夜勤務でした。

 

その時に、

食道静脈瘤の患者が入院してきました。

食道静脈瘤|オリンパス おなかの健康ドットコム (onaka-kenko.com)

 

入院を受けたのは、

私でした。

 

本来なら、

上記資料に書かれている治療を施すところですが、

そこまでの緊急性がなく、

翌日昼間に行うことになったかで、

一晩は様子をみることになりました。

 

しかし、

何もしないわけにはいきません。

 

この患者には、

なぜかピトレシンという薬剤が、

持続投与されていました。

 

この薬剤が、

尿崩症に対する薬剤であることは、

知っていました。

尿崩症:どんな病気?脳の病気なの?検査は?治療は?完治できるの? – 株式会社プレシジョン (premedi.co.jp)

 

しかし、

この人の病気は、

食道静脈瘤です。

 

脳の疾患の、

既往もありません。

 

私は、

当直医のIHR医師に、

聞いてみました。

 

この医師は、

在職中なにかと私に目をかけてくださって、

幾度となく助けられたことがありました。

 

すると、

このような回答でした。

 

「(私の名前)くん、それは副作用を使ってるんや」

 

ピトレシン注射液20(効能・効果、副作用、添付文書 等) | 製品情報 | 第一三共「Medical Library」 (medicallibrary-dsc.info)

 

なるほど。

 

今は、

効能として書かれていますが、

当時には正式な効能ではなく、

副作用を利用した効果として、

書かれていました。

 

そして、

こう続けました。

 

「その質問をするぐらいやから、わかっていると思うけど、尿量に気を付けるように」

 

それで、

膀胱留置カテーテルが留置されていることも、

理解ができました。

 

元々、

尿崩症の薬であるから、

投与することによって、

尿量が減少する危険性があるのです。

 

その患者も、

急変することがなく、

準夜帯から深夜帯への、

申し送りの時間(翌0時)となりました。

 

深夜の看護師2人のうち1人は、

OKMTでした。

 

準夜→深夜の申し送りは、

それぞれの受け持ちが、

直接申し送るかたちでした。

 

そして、

私がその患者の申し送りをすると、

案の定こういうツッコミを入れてきました。

 

「ピトレシンはなんで使ってるの?この人脳の疾患なんかないのに」

 

これは、

想定内だったので、

IHR医師から聞いたとおりに説明しました。

 

いくら、

救命救急センター経験が長くても、

OKMT自身、

このようなピトレシンの使い方は、

初めてだったようで、

OKMTは、

私の説明に、

納得しませんでした。

 

そして、

薬の辞典を開き、

ピトレシンを調べ始めました。

 

そこにも、

もちろん、

ピトレシンの食道静脈瘤への応用が書かれていましたが、

今度はこんなことを言い始めました。

 

「辞典に書かれているのと、用法用量が違う。もう1回先生に聞いてみて」

 

は?

 

確かに、

説明書や辞書に書かれている用法用量と違うことは、

私も気付いていました。

 

しかし、

医師が電卓を叩いて、

考えに考え抜いた上での投与量であることは、

私はそばで見ていたので、

間違いないのです。

 

ですから、

OKMTの主張は、

もはや

 

「難癖」

 

以外の何ものでもないのです。

 

こうなったら、

OKMTも井上も一緒です。

 

この頃は、

まだ井上のことは知りませんが。

 

しかし、

当時まだ看護師2年目で純粋(笑)だった私は、

もう1度医局に電話をして、

IHR医師に確認しました。

 

しかし、

そのまま聞いたのでは、

説明してくださったIHR医師に失礼なので、

以下のように聞きました。

 

「私は、先生の説明で納得したのですけど、OKMTがどうしても納得してくれなくて、『もう一度先生に聞け』というから、もう一度聞きます。OKMTが、『説明書・辞典に載っている用法用量と違う』と言って譲らないのです」

 

すると、

IHR医師は、

 

「そう言われてもなあ。俺も、一生懸命考えてあの量にしたんやけど。わかった。俺が行って説明するわ」

 

と、

苦笑いでした。

 

そして、

IHR医師は、

わざわざ一般病棟まで来て、

OKMTに直接説明していました。

 

それでも、

OKMTは怪訝そうな顔をしていましたが、

医師の言うことなので、

渋々受け入れていました。

 

そして、

医局に帰り際、

IHR医師は私に、

 

「これで良かったか?」

 

と、

耳打ちして行きました。

 

きっとIHR医師は、

今までにもOKMTから、

同じようなことをされて、

辟易していたのだと思います。

 

たしか、

IHR医師は、

OKMTより年下だったと思います。

 

だから、

見下していたのだと思います。

 

しかし、

IHR医師は、

医師としても人間としても、

素晴らしい人でした。

 

前述のように、

私は助けていただいたことが、

結構ありました。

 

それは、

私が、

救命救急センターの古株から、

理不尽なことを言われたりされたりしているのを見て、

助けてくれていたのだと思います。

 

私は、

医師はみんな、

研修医であろうが院長であろうが、

医師としては尊敬しています。

 

しかし、

人間として尊敬できるかは、

また別の話です。

 

いずれにしても、

いくら年下でも、

医師に対しては、

尊敬の念を持って、

接するべきです。

 

仕事なのですから。

 

一番良いのは、

医師としても人間としても尊敬できる人であることですが、

そういう人はなかなか居ません。

 

IHR医師や、

前に話した循環器内科の部長、

私の循環器内科医師に対するイメージを良い意味で変えた/近畿中央病院・循環器内科 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

医師の異例の行動/看護師の目に余る言動に苦言! - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

この時登場した医師 等、

番外編/凡人と天才の差 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

数えるほどしか居ません。

 

何も、

 

「お医者様」

 

と崇めると言っているのではありません。

 

そんなのは、

看護部長あたりに任せておけばいいのです。

 

医師だって、

時には間違いを犯します。

 

時々ニュースに出てきますが、

点滴投与量の間違いとか。

 

それは、

もし看護師が気付いたのなら、

指摘して構わないと思います。

 

看護師が指摘することで、

ミスが防げるのなら、

それに越したことはないのです。

 

OKMTは、

たぶんこの考えで、

指摘したつもりだったのでしょう。

 

しかし、

この投与量は、

IHR医師が、

考え抜いて決めた投与量です。

 

たしか、

説明書にある用法用量より、

少ない投与量だったはずです。

 

それは、

標準量を投与してしまうと、

尿量が減ってしまう懸念があったために、

極力投与量を少なくして、

かつ食道静脈瘤に効果がある、

ギリギリの量に設定したのです。

 

つまり、

濃すぎてしてきするのなら、

まだ話はわかるのですが、

薄くして指摘するというのは、

お門違いもいいところです。

 

部署に、

絶対1人は居る、

この型通りにしかできない看護師。

 

それも大事ですが、

応用を利かせることも、

看護師には大切なのではないでしょうか。

 

なぜなら、

相手にする患者は、

10人居れば10人、

100人居れば100人、

みんな違う個性を持っているのですから。

 

そのみんなを、

教科書通りに当てはめることなど、

絶対にできません。

 

間違いを指摘するのであれば、

私のような下っ端を介するのではなく、

自分で直接言うべきです。

 

きっと、

自分でも、

自信がなかったのでしょう。

 

それを、

若手に押し付けるとは、

もってのほかです。

 

この件で、

私のOKMTに対する評価は、

ダダ下がりとなりました。

それはいいのか?/返り討ちにあうM上T子

久々に、

この人の話題を。

 

近畿中央病院は、

がん拠点病院なので、

そのための治療が行われています。

 

治療の1つに、

化学療法というものがあります。

 

これは、

点滴もしくは内服によって、

抗がん剤を投与するものです。

 

私も、

これに携わっていました。

 

抗がん剤の投与は、

 

「レジメン」

 

と呼ばれる治療計画に従って行われます。

抗がん剤治療レジメン | 看護師の用語辞典 | 看護roo![カンゴルー] (kango-roo.com)

がん化学療法レジメン - 君津中央病院公式サイト (hospital.kisarazu.chiba.jp)

 

ある日、

私は、

とある男性の患者Kさんの受け持ちでした。

 

Kさんは、

理解力にはまったく問題がなく、

人間性も穏やかで良い人でした。

 

この日から、

抗がん剤投与が行われることになっており、

私は、

朝主治医から投与可の指示が出たのを確認してから、

準備を始めました。

 

点滴の準備は、

抗がん剤に限らず、

処方箋を見て、

確認しながら行います。

 

その時、

いつもと違うことに気付きました。

 

抗がん剤投与は、

たいていの場合、

抗がん以外の薬剤(生理食塩水または副作用止めの薬剤)で、

末梢静脈ルートを確保します。

 

その後、

副作用止めの薬剤を投与し、

そのあとで、

抗がん剤を投与します。

 

抗がん剤は、

レジメンによって、

1剤の時もあれば、

2剤を連続で投与するなど、

いろいろな投与方法があります。

 

しかし、

その時の、

処方箋は違いました。

 

最初に、

種類は忘れましたが、

最初の500mlの輸液のみが

 

「主管」

 

となっていて、

その他(副作用止め・抗がん剤)はすべて、

 

「側管」

 

となっていたのです。

 

「主管」とは、

24時間持続点滴で言えば、

文字通りメインになる点滴のことです。

 

「側管」は、

主管につながっているルートの横から、

ポートや三方活栓を介して、

つないで投与することを言います。

 

私は、

 

「500mlの点滴で末梢点滴ルートを確保して、それを最後まで流している間に、側管から副作用止めと抗がん剤を、順番に投与する」

 

と理解しました。

 

しかし、

この業界は、

 

「思い込み」

「知ったかぶり」

 

で仕事をすることは、

絶対にしてはならないのです。

 

特に、

今までしたことがないことについては。

 

私は、

薬剤師に確認しました。

 

すると、

やはり私が考えた通りでした。

 

私は、

準備を続けました。

 

抗がん剤投与の際の、

末梢静脈ルートの確保は、

原則的に医師によって行われます。

 

しかし、

近畿中央病院では、

院内資格を設けて、

資格を持った看護師であれば、

末梢静脈ルートの確保が可能となっていました。

 

看護師のスキルアップのためという、

表向きの理由でしたが、

実のところは、

医師の負担軽減のためです。

 

医師の仕事は減らしてもらえるのに、

看護師の仕事は増える一方です。

 

私も、

この院内資格を持っていました。

 

ただ、

この時の患者Kさんは、

末梢静脈ルートの確保が困難であったことと、

抗がん剤投与のため、

頻回にルートの確保をする必要があり、

鎖骨下に静脈ポートを造設していました。

※参考資料:IVR_PR200903port.pdf (jsir.or.jp)

 

静脈ポートの穿刺も、

基本的には医師の仕事です。

 

しかしこちらも、

院内資格が存在し、

私はこちらも取得していましたから、

問題はありませんでした。

 

この日は、

私の素晴らしい穿刺の腕(?)によって、

無事静脈ポートへの穿刺もでき、

1日目の抗がん剤投与が終わりました。

 

そして翌日。

 

私は、

その日も日勤でしたが、

Kさんの担当は、

M上T子についていました。

 

そのM上T子、

私にいろいろ難癖をつける割には、

都合のいい時だけ、

私に頼みごとをしてくるので、

この日もきっと、

Kさんの静脈ポートの穿刺を頼んでくるだろうと、

予想していました。

 

しかし!

 

もっとスゴイことを、

言ってきました。

 

「(私の名前)さん、昨日Kさんの抗がん剤どうやっていったん?Kさんが、いつもと違うやりかたやったって言ってるで」

 

ちなみに、

 

「いったん?」

 

とは、

関西弁で、

 

「~したのか?」

 

という意味で、

この場合は、

 

「投与したのか?」

 

という意味になります。

 

は?

 

この、

抗がん剤の投与方法は、

M上T子も初めてだったはずです。

 

それなら、

私にではなくて、

薬剤師に聞くのが筋だと思います。

 

百歩譲って、

前日受け持ちだった私に、

真っ先に聞くのならわかりますが、

患者に聞いて、

それを鵜呑みにするというのは、

いかがなものかと思います。

 

Kさんは、

割合しっかりしているほうですが、

時々おとぼけな発言もします。

 

しかも、

Kさんにとっても、

この方法での抗がん剤投与は、

今回が初めてだったのです。

 

いずれにしても、

患者に聞くというのは、

一番してはならないことだと思います。

 

私は、

前日薬剤師から聞いていて、

自分が行った投与方法に自信がありましたが、

中には、

1日目と2日目で、

投与する薬剤が違ったり、

投与方法が違ったりするから、

処方箋を確認しました。

 

すると、

前日と同じ薬剤・同じ投与方法でしたから、

自信を持ってM上T子に反論しました。

 

私の反論を聞いて、

M上T子は慌てて、

抗がん剤で満たしたルートの、

抗がん剤を点滴ボトル内に戻したり、

 

「証拠隠滅」

 

を図り出しました。

 

それはいいのか?

 

抗がん剤は、

高価な薬品であり、

準備方法を間違ってしまうと、

破棄しなければならなくなります。

 

看護師のミスで、

再度つくるとなると、

病院の全額負担となります。

 

私の、

 

「点滴下げ忘れ」

 

とは、

ケタが違う損失です。

人を見る目のあるやつはどこに居るんだ!・近畿中央病院/病棟師長HYSDの場合① - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

人を見る目のあるやつはどこに居るんだ!・近畿中央病院/病棟師長HYSDの場合② - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

また、

抗がん剤の作成(ミキシング)は、

薬剤師が行うことになっています。

 

看護師のミスで、

薬剤師に、

余計な手間をかけることになるのです。

 

それ以前に、

一度ルートに通した薬剤、

しかも抗がん剤を、

ボトルに戻すという行為の是非です。

 

私を陥れて、

インシデントレポートや事故報告書を書かせようとして、

返り討ちにあったM上T子ですが、

おそらくレポート・報告書は、

書いていないと思います。

 

このことで、

バツが悪くなったのか、

静脈ポートへの穿刺も、

私ではなくて、

別の看護師に頼んでいました。

 

前述のように、

医療の世界において、

 

「思い込み」

「知ったかぶり」

 

は、

絶対にやめましょう。

 

しかし、

その看護師を束ねている、

看護部のお偉いさんたちが、

それを普通にやっているのですから、

まずは上の意識改革が必要でしょう。

 

上司ができていないことを、

部下ができるわけないのですから。

 

部下は、

上司の背中を見て育つのです。

 

良い意味でも、

悪い意味でも。

番外編/凡人と天才の差

私は、

一定以上の常識と、

教養を持ち合わせていると、

自分では思っています。

 

しかし、

一般的にいえば、

 

「凡人」

 

の域でしょう。

 

今までの人生において、

凡人と天才の差を感じたことが、

何回かありました。

 

今回は、

そのことについて、

お話します。

 

エピソードは、

いっぱいあるのですが、

2つに絞ります。

 

最初のエピソード。

 

私が大学生の時、

学園祭は、

同じ敷地内にあった、

医学部と共同で開催していました。

 

私は、

学友会(高校の生徒会のようなもの)に所属していたので、

学園祭の運営を担っていました。

 

みんな、

アルバイトをしていたので、

夜中(0時とか)に短大の学友会員と、

医学部の学友会員が一堂に会して、

話し合いを行っていました。

 

日本における会議・話し合いとは、

看護師における詰所会に代表されるように、

ダラダラと時間だけが過ぎる割には、

何も決まらないことが多いものです。

 

これは、

 

「看護師あるある」

 

ではなく、

 

「日本あるある」

 

だと思います。

 

しかし、

この話し合いは、

医学部学友会の、

会長のリーダーシップによって、

短い時間で、

多くのことが決定されました。

 

これは、

その人がリーダーシップに長けていたからではなく、

話し合いのしかたが、

上手だったのだと思います。

 

我々凡人は、

議題自体は予め決めていても、

時間の割り振りをしないため、

前述のように、

ダラダラ時間をかけて、

結局何も決まらないような、

話し合いをしがちです。

 

しかし、

この時は、

まずは〇〇の話し合いに××分、

次にこの話題に△△分、

とういように、

議題と、

その話し合いにかける時間を、

予め決めてから、

話し合いを始めるのです。

 

この方法だと、

一定時間話し合いをした後、

時間が来たら、

その時点で決をとるか、

先送りをするか判断するので、

ダラダラ時間をかけることがないのです。

 

そして、

多くの議題を、

時間内に処理することができます。

 

それに、

話し合いに行き詰まっても、

誰かしらかが、

凡人には思いつかないような、

奇想天外な意見を出して、

解決に導いてくれるのです。

 

彼らは、

頭脳明晰なだけではなく、

人間的にも良い人ばかりでした。

 

これが、

頭が良いだけで、

人間性に問題があれば、

この時話した医師のように、

なっていたと思います。

学歴と能力は必ずしも一致せず - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

私の、

高校生の時の同級生は、

みんな私より優秀で、

3年生の時のクラスメートには、

後に医師になった人が、

3人居ました。

 

そういえば、

その3人の発想力も、

私とは違って、

もっと豊かだったように思います。

 

そして、

その3人も、

人柄的にも良かったのです。

 

そのうちの1人は、

私の友達でした。

 

それぞれ、

外科医・眼科医・小児科医(その後内科医)として、

今も活躍しています。

 

友達は眼科医で、

今は実家のクリニックを、

先代のお父さんとともに、

運営しています。

 

そんな、

優秀な同級生のなか、

看護師になった私は、

やはり凡人だと思います。

 

話がそれましたが、

このエピソードの時、

 

「やっぱり医学部の人は、自分たちとは違うな」

 

と思ったものです。

 

次のエピソード。

 

SNSで、

昔の知り合いと出会うことは、

やはり嬉しいことです。

 

ある日私は、

遅まきながら、

Facebookを始めました。

 

今は、

閲覧するのと、

友達登録している人に、

誕生日のお祝いメッセージを送るぐらいしか、

使わなくなりましたが、

当初は、

投稿も行っていました。

 

そんな時、

「知り合いかも」のところに、

懐かし名前を見つけました。

 

その人は、

SKNさんという女性で、

小中高と、

同じ学校でしたが、

同じクラスになったことは、

一度もありませんでした。

 

ただ、

小中と同じ塾に通っていて、

隣の席になって、

話したこともありました。

 

早速、

友達申請をしました。

 

承認はしてもらえましたが、

どうやら私のことは覚えてもらえてないようでした。

 

私の友達で、

私より長く、

彼女と塾で過ごした人物のことも尋ねてみましたが、

やはり覚えていませんでした。

 

まあ、

同じクラスになったことがないので、

しかたないとは思いますが、

そんなもんなのでしょうか?

 

私は、

2歳の時の記憶があります。

 

両親が居ない時に、

姉とケンカをして、

買い物に行っている母親を追いかけて、

1人で家を出ました。

 

スーパーに着いたら、

行き違いで母親が居なくて、

泣いているところを、

店員さんに保護されて、

そのまま交番に連れて行かれました。

 

そして、

しばらくしてから、

家に私が居なくて、

捜しに来た母親が、

迎えに来てくれました。

 

おまわりさんから、

バナナをもらったことまで、

覚えています。

 

強烈な記憶だからこそ、

覚えているのかもしれません。

 

しかし、

幼稚園の時のことも、

結構覚えています。

 

何なら、

年齢のせいか、

最近のことのほうが、

忘れてしまっています。

 

彼女は、

当時から頭脳明晰で、

容姿も人間性も、

かわいい女性でした。

 

それは、

今でも変わりないです。

 

そこで考えたのが、

本当に頭の良い人というのは、

大昔のことを逐一覚えているのではなく、

要らない情報を、

頭の中から消し去ってしまう人のことを、

言うのだということです。

 

私の情報など、

その後の彼女の人生には、

なんら必要のないことです。

 

だから、

記憶から消してしまい、

その分記憶容量を空けたのです。

 

凡人である私は、

ひたすら記憶を詰め込むことしかできませんが、

頭の良い人は、

常に不要な情報を削除することで、

新しい情報を入れるスペースを、

つくっているのです。

 

何かで見たのですが、

人間は、

記憶容量の10%しか、

使っていないそうです。

 

それより、

1%でも多く使える人が、

 

「天才」

 

なのだそうです。

 

私以外の、

高校時代の同級生は、

みんな記憶の使用量が10%を超す、

天才なのかもしれません。

 

私も、

そうなる資格があったのかもしれませんが、

精進が足りなかったため、

そうはなれませんでした。

 

いや、

そういうことは、

生粋のものだと思うので、

私は所詮凡人だったということです。

 

2つだけにしておこうと思っていましたが、

1つ思い出したことがあるので、

ついでに話したいと思います。

 

近畿中央病院で、

一緒に働いていた、

医師の話です。

 

この医師も、

近畿中央病院にブチ切れて、

辞めていった人です。

 

その点でも、

先見の明があり、

非凡さをうかがわせます。

 

この医師、

私よりも少し年下でしたが、

すごく尊敬できる人でした。

 

どういう点かというと、

どんなことにおいても、

つまり医師としての仕事以外の、

あらゆることにおいて、

我々凡人が、

およそ思いつかないようなアイデアを、

提案するところです。

 

それは、

正攻法ではないので、

我々は一旦躊躇するのですが、

その医師の説明を聞くと、

 

「そんな方法もあるのか」

「そんな考え方もあるのか」

 

と、

感心させられるのです。

 

中には、

説明を聞いても、

頑として反対する看護師も居ました。

 

その人は、

看護師の中でも、

凡人以下なのでしょう。

 

正攻法以外の方法を、

認めなかったのです。

 

しかし、

違法でもなければ、

危険な方法でもなく、

ただちょっと考え方を変えて、

応用を効かせただけのことです。

 

正攻法で行き詰まった場合、

大いに試す価値はあるのです。

 

そのおかげで、

随分と助けられました。

 

さらにこの医師、

別の病院で救命救急センターに居たこともあって、

患者の急変時には、

頼りになりました。

 

以上、

2つと言っておきながら、

3つのエピソードを話しました。

 

天才には、

生まれながらに持つ要素があり、

凡人には到底手が届かない存在です。

 

だからといって、

凡人が、

 

「どうせ天才にはなれないから」

 

と、

それ以上の努力をやめるのは違います。

 

どんな立場にあろうが、

人間努力を怠ったら、

そこで終わりです。

 

その努力を怠った成れの果てが、

この私です。

 

私のようになりたくなければ、

自分の才能におごることなく、

自分に限界を感じることなく、

努力をすることです。

 

「前に言ってたことと違うじゃないか」

 

との批判もあろうかと思いますが、

努力してあきらめるのと、

努力しないであきらめるのとは、

わけが違います。

「精神論」だけでは根本的な解決はできない/精神論のみで押し通し、「圧力」も交える男・古川 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

本当に頭の良い人は、

自分の能力とその時の状況を鑑み、

やらなくても無理かどうかを判断できる人です。

 

つまり、

合理的な判断ができる人です。

 

気合で乗り越えようなど、

もってのほかです。

 

大和魂」がみなぎっていても、

戦争には負けるのですから。

 

今回も、

ややとりとめのない話になりましたが、

参考にしてもらえればと思います。

患者とその家族の思いを踏みにじる病院・近畿中央病院

患者とその家族は、

万が一にも入院することになったら、

1日でも早く退院したいと考えるものです。

 

私も、

2019年12月末から、

2020年2月なかばまで入院したのが、

人生初の入院でしたが、

強くそう思いました。

 

故に、

病院という組織全体として、

その気持ちに答える、

つまり、

1日でも早く退院できるようにしていくことが、

ごく当たり前の役割だと思います。

 

しかし、

そんな患者と家族の気持ちを踏みにじり、

意図的に退院日を伸ばす病院があります。

 

それが、

近畿中央病院です。

 

ある日、

前院長・有田憲生より、

次のような趣旨の通達がありました。

 

「病院の財政がひっ迫している。そんな財政を助けるために、患者の入院日数を、1日でも延ばすように」

 

私は、

この通達を聞いた時に、

かなりの疑問を感じました。

 

それは、

看護師の信念に反するからです。

 

看護師とは、

患者とその家族に、

寄り添うものです。

 

病院がやろうとしていることは、

それに反することです。

 

しかし、

病院の財政が破綻して、

病院が経営破綻すれば、

その看護師の本分を果たすことすらできなくなります。

 

そんなカッコいい理由よりも、

第一自分の生活が立ち行かなくなります。

 

疑問を感じながらも、

従うしかありませんでした。

 

「やっぱり自分がカワイイんじゃないか」

 

と思われるでしょう。

 

その通りです。

 

私は、

看護師という仕事をすることによって、

報酬を得て、

それで生きているのです。

 

病院が潰れて、

収入がなくなったら、

生きていくことに、

危機がおとずれるのです。

 

キレイごとは嫌いです。

 

「患者のため」「家族のため」

 

それだけを前面に出すのであれば、

最低限の衣食住だけ保証してもらって、

それ以外は無償で働いたらいいと思います。

 

今の時代、

そんなことする人は居ないでしょう?

 

そうしないということは、

みんな私と同じ考えということです。

 

話を戻します。

 

近畿中央病院が、

まず行ったことは、

退院日の調整に、

病棟師長が主治医と患者・家族の間に入って、

介入することになりました。

 

具体的には、

今までなら、

主治医と患者もしくはその家族の間で、

退院日を決めて、

それを看護師側にに知らせるという形でした。

 

どこの病院でも、

これが普通だと思います。

 

それが、

まず主治医から看護師側に、

退院が可能である旨が伝えられます。

 

主治医から聞いた者が、

その日のリーダー等に報告をして、

最終的には病棟師長に、

その情報が伝わります。

 

病棟師長は、

患者もしくはその家族と話をして、

退院日を決めるのですが、

患者・家族の意向よりも、

最大限病院にコストが落ちる日を、

提案するのです。

 

私は、

コスト関係のことは疎いので、

うまく説明できませんが、

入院を1日でも長くさせることで、

一番病院として利益が生まれる日というものがあって、

そこを退院日として提案するということです。

 

ですから、

そのあたりを計算して、

 

「〇〇日はいかがですか?」

 

と言うのです。

 

その日以降であれば、

恐らく病院の利益は変わらないので、

あとは患者側の都合に合わせて、

退院日を決定するのです。

 

よくはわかりませんが、

包括医療費支払制度(DPC)によって、

患者の負担は増えないのかもしれません。

包括医療費支払い制度(DPC)について|外来・入院のご案内|【公式】日本赤十字社 和歌山医療センター (jrc.or.jp)

 

患者の負担が増えない範囲で、

最大限病院が利益を生む入院日数で、

退院日を決めているというのが、

正しい表現なのかもしれません。

 

 

しかし、

入院が1日延びれば、

その分なにかと出費が増えてしまいます。

 

私も、

最初の入院、

そして2回目の入院も、

病院側の都合(医師の都合)で、

本来なら1日早く帰れていたところを、

それぞれ1日ずつ延ばされました。

 

特に最初の時は、

希望で個室に入っていたので、

個室料金が1日分余計にかかりました。

 

ちなみに、

2回目の入院は、

部屋が空いてなかったので、

ずっと個室でしたが、

私の希望ではなかったので、

ずっと無料でした。

 

結局、

患者側の負担は増えるのですよ。

 

こんな施策は、

一時しのぎに過ぎず、

根本的なことを解決しない限り、

大きな財政の改善には、

繋がらないと思います。

 

近畿中央病院が、

積極的にコロナ患者を受け入れたのは、

補助金目当てであることは明白です。

 

それはそれでいいと思いますが、

患者のためというよりも、

金目当てであることが、

顔ににじみ出ていたのが、

テレビで放送されて、

反感を買ったことを、

近畿中央病院の者は、

気付いているのだろうか。

 

きっと、

気付いていないでしょう。

 

すべて、

我がが正しいと思っているところですから。

 

これに関連して、

もう1つ言いたいことが。

 

救急車で搬送されて入院したり、

外来受診後に緊急入院になったりしたら、

名前は忘れましたが、

1枚の書類が、

患者と一緒に届きます。

 

仮に、

 

「救急搬送票」

 

とでもしておきます。

 

この運用が始まった時だと思いますが、

院長・副院長・看護部長・事務方 等が一団になって、

平日に病棟を回って、

その時に、

病棟師長が、

入院の状況や退院調整の状況を、

プレゼンテーションするようになりました。

 

その時に、

「救急搬送票」を、

一団に手渡して処理していました。

 

しかし、

日が経つに連れて、

来る日が飛び飛びになったり、

来るメンバーが欠けるようになって、

いつの間にかフェードアウトしました。

 

「救急搬送票」は、

ホワイトボードに、

束になってクリップに挟まったままです。

 

結局、

病棟師長が、

どこぞに持っていく形になったようです。

 

自分たちで始めたことを、

理由も言わずにやめてしまうことは、

もはや近畿中央病院の

 

「伝統芸」

 

です。

 

やめるならやめるで、

 

「こうこう、こういう理由でやめます」

 

といえばいいものを、

まあやりません。

 

自分たちの愚を、

認めるのが嫌なのでしょう。

 

近畿中央病院は、

副院長は優秀なのですが、

前院長・有田憲生と前看護部長・前田正美が

 

「愚」

 

であることは、

今までこのブログで述べてきたことを見たら、

納得できると思います。

 

この施策に、

疑問を感じたのは、

恐らく私だけではないはずです。

 

病院側が示すことが、

常に正しいわけではないのです。

 

なぜ、

近畿中央病院が、

合併により消滅することになったのかを考えたら、

私の主張が正しいことが、

わかるはずです。

建て替えが移転へ、そして合併へ - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

病院側の言うことに、

疑問を感じたのであれば、

従うのではなく、

その疑問をぶつけてみましょう。

 

それで、

病院が間違った方向に進むのを、

止められるかもしれません。

 

患者の退院日を延ばすことは、

明らかに間違った施策なのです。

 

伊丹市民病院との合併についても、

私は間違った施策であると、

今でも思っています。

 

そうなる前に、

疑問を呈していたら、

もしかして単独で存続できていたのではないかと思うと、

残念でなりません。

 

なぜなら、

この合併は、

前院長の

 

「ひとり相撲」

 

の結果なのですから。

 

それを、

誰も止めなかったから、

全国の公立学校共済組合の病院の中で、

唯一消滅するのですから。

 

これを、

恥と感じず、

自らの

 

「手柄」

 

としている前院長は、

怒りも呆れも通り越して、

 

「滑稽」

 

というほかありません。

 

前院長は、

近畿中央病院退職後も、

他の病院に行ったみたいですが、

本来の仕事、

つまり医師としての仕事にだけ精を出して、

経営にはあまり首を突っ込まないほうがいいと思います。

 

また、

病院を潰すことになるから。

 

後半、

余計な話をしてしまいましたが、

近畿中央病院に入院する方、

そして家族の方は、

裏でこういうことが行われているので、

十分お気を付けください。

 

ただ、

この内容は、

私がバリバリ働いていた、

2019年12月以前のことです。

 

コロナ禍で、

多少状況が変わっているかもしれません。

 

その際は、

ご容赦ください。

 

ただ、

根本的には、

変わらないと思います。

番外編/「却下」の意味+α

以前に、

こういう話をしました。

看護師は言葉を知らない - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

しかし、

これは看護師に限らないのかもしれません。

 

これは、

私が高校生の時の話です。

 

私の家は、

裕福とはいえない家庭でした。

 

それで、

アルバイトをしたかったのですが、

学業に追われて、

できませんでした。

 

しかたなく、

春休み・夏休み・冬休みの、

長期休暇の時だけ、

することにしました。

 

そのひとつが、

とあるイベント会社でした。

 

ライブなどの設営をしたり、

時にはスーパーのイベントで、

金魚すくいの運営をすることもありました。

 

ライブの設営で会った有名人は、

 

MALTA(サックス奏者)

聖飢魔Ⅱ

LINDBERG結成前の渡瀬マキ

カルロストシキ&オメガトライブ

 

などでした。

 

その、

最初のライブの設営の時、

その場の責任者から、

設営についての指示を受けました。

 

そして、

その指示を実行していたら、

さっき指示をした責任者が、

こう言いました。

 

「さっきの指示却下。こうしてくれ」

 

指示内容を変更したのですが、

これっておかしくないですか?

 

「却下」というのは、

こういう時に使う言葉ではないのです。

※参考資料:却下 - Wikipedia

 

例えば、

私がその責任者に何かしらのお願いをして、

それを取り下げるのなら、

「却下」は正しいのです。

 

しかし、

自分で言ったことを取り消す場合には、

使えない言葉です。

 

単に、

 

「取り消し」

 

でいいのです。

 

おかしいと思いつつも、

そんな立場ではないので、

訂正はしませんでした。

 

その後、

別の現場に行っても、

同様のことが続きました。

 

なんなら、

もはやその使い方が、

当たり前かのように。

 

テレビを観ていても、

そういう使い方をしているので、

業界用語化しているのかもしれません。

 

しかし、

テレビは、

一般の人への影響力が大きいのですから、

正しい使い方をしてほしいものです。

 

でないと、

「却下」がひとり歩きを始めてしまいます。

 

余談として、

こういう話があります。

 

とある現場で、

舞台装置を動かす仕事を、

大勢で行っていました。

 

その現場の責任者が、

こう言いました。

 

「『あとちょと』やったら、人によって解釈が違うから、どれだけ動かしたらいいかわからない。それやったら、『あと〇〇cm』とか、具体的な数字で言えば、みんなの意思が統一できていいと思う」

 

その通りだと思います。

 

その時は、

その舞台装置の上に、

ドラムなどの楽器や、

スピーカーやアンプなどの機器を載せて、

それを動かす、

本番に向けてのシミュレーションをしていました。

 

おそらく、

20人近くの人数で、

動かしていたのですが、

意思統一がはかれず、

思うように動かせずにいました。

 

早速、

責任者の言葉を実践しましたが、

その責任者が発した言葉にびっくりしました。

 

「あとちょっと」

 

お前、

さっきそれ言うなって言ったばかりではないか!

 

舌の根も乾かないうちに、

何を言っとるんだという話です。

 

呆れる前に、

若かったので、

腹が立ちました。

 

それで、

アルバイトという立場を顧みず、

 

「誰じゃ!『あとちょっと』言った奴は!」

 

と言ってしまいました。

 

「若気の至り」

 

と、

反省をしています。

 

これに対して、

その責任者の部下は、

私に向かって、

 

「しー!」

 

というジェスチャーをしました。

 

しかし、

私の発言は、

その場に居た全員の気持ちを、

代弁していたと思います。

 

アルバイトのみならず、

その責任者の、

正社員の部下の気持ちも。

 

しかしこのバイト、

体力勝負で、

拘束時間が長い割には、

薄給だったので、

大変でしたが、

今となっては、

いい思い出です。

 

ちなみに、

このバイトで出会ったデーモン小暮閣下は、

背が低かったですが、

我々バイトにも、

 

「ご苦労」

 

と声をかけてくれました。

 

そういえば、

MALTAも、

背は低かったです。

 

これで、

MALTAの生演奏を、

間近で聴いた私は、

すっかりハマってしまって、

たまたまCDを持っていたクラスメートに、

借りまくりました。

 

もっと印象的だったのは、

渡瀬マキです。

 

我々アルバイトにも、

 

「今日はお願いします」

 

と、

頭を下げて回っていました。

 

こういうことは、

人柄に現れていると思います。

 

ついでなので、

縁日の運営をした時のことも話します。

 

ここのバイトで、

一番楽しくて楽だったのが、

この時でした。

 

マンションか公団住宅か忘れましたが、

その地下にあるスーパーで、

金魚すくいを運営したのです。

 

大学生と、

1歳年下の高校生、

そして私の3人でした。

 

年齢が近く、

しかもアルバイトだけだったので、

気分的にも楽でした。

 

しかも、

大学生が運営をリードしてくれたので、

その点でも楽だったのです。

 

私は、

どういうわけか、

同じアルバイトから頼られることが、

今までの経験で多かったのです。

 

例えば、

MALTAのライブの設営の時、

同じ立場のアルバイトの人から、

 

「すいません。これってどうするんですか?」

 

と尋ねられました。

 

別に、

年上に見られたわけではないし、

同じアルバイトなおですから、

私に聞いたところで、

わかるはずがないのですが。

 

理由は、

定かではありませんが、

与えられた仕事を一生懸命するのが、

私の信条。

 

そんな私の姿を、

周りの人が見ていたのかもしれません。

 

今回は、

本題以外に、

余計な話もたくさんしましたが、

私のアルバイト遍歴と思って、

読んでください。

私がプリセプターをした新人看護師②③④

少し前に、

初めてプリセプターをした新人看護師のことを、

3回にわたって話しました。

 

今回は、

あとの3人について話します。

 

その前に、

「私がプリセプターをした新人看護師①INUE」の、

補足をします。

 

前に話した通り、

最初働いた病院と、

転勤で行った系列の病院は、

採用4年目で、

新人指導をすることになっていました。

 

それは、

1年目は新人として働き、

2年目は看護研究をして、

3年目に2年目看護研究の講評をした上で、

4年目に新人指導を行うという、

流れに則ったものです。

 

その大前提として、

3年間同じ部署で働いているということがあります。

 

しかし私は、

1年目に成人精神神経科

2年目に救命救急センター一般病棟、

3年目に救命救急センター重症病棟と、

毎年のように異動をしていました。

 

2年目の看護研究にしても、

1年新人として働いた上で、

同じ病棟で行うことに、

意義があると思います。

 

ですから、

その件に難色を示したのですが、

 

「2年目だからやらなきゃだめよ」

 

と、

看護部に一蹴されました。

 

新人指導についてもそうです。

 

私自身も、

まだ勉強の途中なのに・・・。

 

この件も、

もちろん看護部に言いましたが、

答えは同じです。

 

「4年目だからやらなきゃだめよ」

 

そうですか?

 

「〇年目だから・・・」

 

でやらせていたら、

その能力がないにもかかわらず、

無理やりすることになります。

 

そんな人に、

モチベーションがあるわけがなく、

そんな人に教えらえた新人は、

ちゃんとした成長ができるわけないのです。

 

私は違いましたよ。

 

元々、

人に物事を教えるのは、

嫌いではありません。

 

結局、

叶いませんでしたが、

将来は、

どこかしらの学校で、

教えたいと思っていました。

 

ですから、

やるとなったら、

それなりに努力しました。

 

しかし、

私の努力も空しく、

INUEは、

間違った方向へ成長していきました。

 

とにかく言いたいのは、

 

「〇年目だから・・・」

 

させるのではなく、

その人がそれをできる能力を有しているかを、

見極めてからさせるべきです。

 

私が、

上司からそう思われていたとしたら、

それは喜ばしいことですが、

きっとそれはないと思います。

 

それでは本題。

 

【私がプリセプターをした新人看護師②KMR】

 

2001年3月のある日、

私は当時の病棟師長MRYMに、

呼び出されました。

自分で自分の首を絞める看護師たち - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

時期的には、

異動の内示がある時です。

 

私は、

嫌な予感しかしていませんでした。

 

しかし、

そこでまず告げられたのは、

MRYM自身が異動になるということでした。

 

驚きました。

 

その病院では、

内示の時点で、

他言することは禁止されていたからです。

 

まあ、

私もそうでしたが、

みんな仲が良い人には、

言ってましたけど。

 

そのあとに、

MRYMが言った言葉に、

もっと驚くことになります。

 

「私は、異動になるから、最後の頼みを聞いて。新人指導をしてほしい」

 

なぜ、

6年目の私に、

その役割がまわってきたか。

 

それは、

単に4年目の看護師が居なかったことに、

ほかなりません。

 

あとは、

私より上の者か、

2年目(ARKさん&INUE)しか居なかったからです。

 

救命救急センターの古株よりも、

当時まだフレッシュだった私のほうが、

適任と判断されたようです。

 

しかもそれを、

病棟師長直々に言われたことに、

驚くとともに、

嬉しくも思いました。

 

ただ、

このMRYMは、

「上司の鏡」の後任でしたが、

じっくり話したこともなく、

信頼関係は築けていなかったのです。

 

故に、

なぜ私が指名されたのかは、

不思議でした。

 

いずれにしても、

また新人指導をする機会が与えらたことは、

モチベーションが上がることでした。

 

ただ、

若干やりにくかったのは、

KMRが1歳年上だったのです。

 

話によると、

旅行関係の会社にで働いたあと、

看護学校に行って、

看護師になったようです。

 

私の師であるFKSMさんは、

彼女に懸念を示していましたが、

一緒に働いた1年の間は、

そういうところはみせませんでした。

 

見る目のあるFKSMさんの目が、

珍しくハズレたのか。

 

それとも、

KMRが猫を被っていたのか。

 

今となっては、

わかりません。

 

ただ、

今まで一緒に働いてきた、

社会人経験のある看護師は、

自己評価が異様に高い人が、

多かったように思います。

 

もちろん、

謙虚な子も居ましたが。

 

その件については、

いずれ話す機会があろうかと思います。

 

そのKMRは、

救急看護の認定看護師となり、

今も救命救急センターで、

活躍しているようです。

 

私も、

とばっちりで転勤にならなければ、

救急看護の認定をとりたかったので、

うらやましく思います。

やらかし男性看護師MY/そのとばっちりを受ける私 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

心残りなのは、

もう1つあって、

それは、

2年目看護研究の指導を、

できなかったことです。

 

ただ、

KMRは、

INUEと違って、

頭も良く、

文章力もあったので、

大丈夫だったことでしょう。

 

【私がプリセプターをした新人看護師③YMN】

 

3人目は、

私が上記のKMRの新人指導をした翌年、

転勤先の病院で指導しました。

 

これは、

今までにも幾度か話してきた通り、

転勤先の看護部長が「上司の鏡」で、

無茶ぶりをしてきたわけです。

 

しかし、

信頼関係によって、

私はその無茶ぶりを受けたのです。

 

YMNは、

看護系ではない4年制大学を出たあと、

看護学校に入り直して、

看護師になったようです。

 

YMNは、

 

「いい奴」

 

でしたが、

腹黒い部分も持ち合わせていました。

 

彼とは、

よく飲みに行きました。

 

INUEとも、

よく行きましたが、

KMRとは1度しか行かなかったと思います。

 

年上だったので、

誘いにくかったのです。

 

そんなYMNは、

私がその病院を辞めたあと、

私が在籍した救命救急センターに転勤・異動となったようです。

 

今は、

集中ケア認定看護師となり、

活躍しているようです。

 

【私がプリセプターをした新人看護師④YMGC】

 

最後に、

私がプリセプターをしたのは、

上記の次の年でした。

 

プリセプターをする人材は、

他にも居ましたが、

YMGCが男性看護師だったことで、

またもや私に役割がまわってきました。

 

このYMGC、

看護学校を出て、

すぐに就職したはずで、

教えた4人のなかでは、

ごく普通の経歴だったと思います。

 

人物像はというと、

今風で若干チャラさもありました。

 

掴みにくいキャラクターでしたが、

基本的に悪い人間ではなさそうでした。

 

そのYMGCを1年教え、

2年目は看護研究の指導をするところでしたが、

別の病棟に新人看護師を配置するとの理由で、

私は異動になりました。

 

その時、

すでに看護部長は、

「上司の鏡」から、

SMDに代わっていました。

「あなたのことはよくわかっています」→ 話したこともないのに? - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

「あなたのことは・・・」で述べたように、

それまでの無茶ぶりは、

「上司の鏡」との信頼関係があったから、

私は受けてきたのです。

 

しかしSMDも、

そんな信頼関係の存在を知らず、

同じように無茶ぶりをしてきたのです。

 

納得いかなかったので、

 

「辞める」

 

と、

なかば脅しを使ったら、

 

「どうぞどうぞ」

 

といわんばかりの返答でした。

 

こういうあたりが、

結局看護師不足の一因となっていると思います。

 

この病院が、

辞令・命令が絶対であることは、

先述の通りです。

 

しかし、

その人が辞めて、

人材が減ることを思えば、

辞めることを止めるほうが、

いいはずなのです。

 

しかし、

その病院は、

命令に従うか、

辞めるかの2択なのです。

 

これも先述のように、

近畿中央病院も、

そうなのです。

 

ですから、

 

「看護師が足りない」

 

と言いながら、

こんなことを裏でしているのですから、

自業自得以外の何ものでもないのです。

 

結局私は、

 

「辞める」

 

という脅しが効かなかったことで、

渋々異動を受け入れました。

 

職を失うことに、

躊躇したのです。

 

結局、

このことが一因となって、

数ヶ月後には辞めるのですが、

今考えたら、

この時に辞めておくべきだったと、

後悔しています。

 

このYMGCも、

どうやら感染管理の認定をとったようです。

 

INUEの消息はわかりませんが、

教えた4人中3人が、

認定看護師となっているということで、

教えた身としては、

鼻が高いです。

 

しかし、

教えた側が、

看護師を辞めるので、

人生とはわからないものです。

 

4人とも、

もう15年以上会っていませんし、

SNSでも繋がりはありません。

 

私は、

看護師としては落ちぶれてしまったので、

そんな姿はさらしたくありません。

 

ですから、

会いたいとは微塵も思いません。

 

それ以外の、

長らく会っていない人には、

会いたいと思います。

 

特に、

この時話した、

新人看護師MSさんに。

理不尽に辞めていった子たちへのレクイエム/今でも忘れられない新人看護師MSさん - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

会える日は、

いつか来るでしょうか。

「あなたのことはよくわかっています」→ 話したこともないのに?

看護師の上司とは、

部下に、

無理難題を押し付ける割には、

モチベーションを下げることばかり、

やるものです。

 

この時述べた、

異動希望についてもそうです。

労働に関する法律違反・近畿中央病院 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

尋ねるのなら、

いつか聞いてもらえるのかと思えば、

そうではありません。

 

最初に働いた病院では、

採用試験を受けた時か、

採用後の新人院内全体研修の時かは忘れましたが、

配属先の希望が聞かれました。

 

確か、

第3希望まで、

書く欄があったと思います。

 

私は、

第1希望を救命救急センター

第2希望をICU、

第3希望を外科系の病棟と、

書いたと思います。

 

その時言われたのが、

 

「一応尋ねますけど、希望は聞けません」

 

とのこと。

 

「それなら聞くなよ」

 

と、

思ったものです。

 

では、

何のために尋ねるんでしょうかね。

 

結局私は、

成人精神神経科に配属となり、

宣言通り、

希望は聞いてもらえませんでした。

 

翌年、

希望が通ったので、

まだマシかもしれません。

 

確かに、

全員の希望を叶えるのは難しいでしょうけど、

努力はするべきだと思います。

 

私が新人の時は、

入職直後の新人研修が終わったあと、

新人全員が看護部長に連れられて、

あいさつがてら各部署をまわって、

その時に、

 

「あなたはここね」

 

と、

所属部署を発表され、

そのままその部署に行くという方式でした。

 

私の時には居ませんでしたが、

以降の別の年で、

発表になった時に、

 

「希望と違う」

 

とのことで、

そのまま辞めた看護師が居たそうです。

 

この病院、

上からの命令が厳格で、

決められた配属が不服であれば、

辞めるか、

我慢してその部署を受け入れるかの、

2択しかないのです。

 

それもどうかとは思いますが、

辞めるほうも辞めるほうだと思います。

 

看護師は、

異動がつきもので、

例え希望通りの部署に配属になったとしても、

いつかは異動があります。

 

永遠に、

同じ部署で働き続けることは、

不可能なのです。

 

最初に働いた病院は、

1000床を超すところで、

1つの病棟単位が小さい(40床に満たない)ので、

配属希望が聞けないというのも、

致し方ない部分がありました。

 

しかし、

近畿中央病院でも、

配属先を告げられた新人が、

希望と違うからと、

辞める事例が、

毎年のように聞かれます。

 

これが、

自己主張の強い、

今どきの子の気質なのかもしれません。

 

近畿中央病院は、

500床にも満たないところなので、

ある程度希望を聞いてあげたらいいのではと思います。

 

1つの看護単位が大きく(1病棟40数床~50数床)、

部署の数が少ないのですから、

看護部の首脳が、

ちょっと努力をすれば、

希望を聞くことはできるはずです。

 

そんな、

ちょっとした努力で、

看護師のモチベーションが上がるのなら、

絶対にやるべきです。

 

話が逸れました。

 

私の悪いl癖です。

 

話の核心は、

これからです。

 

最初に働いた病院で、

1年成人精神科・5年救命救急センターに在籍したあと、

系列の病院に転勤となりました。

 

その経緯については、

ここで述べています。

やらかし男性看護師MY/そのとばっちりを受ける私 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

この転勤は、

私の希望ではなく、

別の男性看護師のとばっちりでした。

 

本来なら、

モチベーションダダ下がりのところですが、

「上司の鏡」の希望だから、

異動に承諾したのです。

 

そうでなければ、

私もその時辞めていたかもしれません。

 

異動先で、

「上司の鏡」は、

私に無茶ぶりをしてきました。

 

男性看護師が来るので、

新人指導をしてほしいというもの。

 

私自身も、

転勤してきたところで、

その病院のことを、

何一つわかっていないのにです。

 

ただ、

転勤した翌月に、

新築移転することになっていて、

すべて偉智からになるので、

私自身も学びながら、

新人とともに成長する・・・、

ということになったのです。

 

これは、

無茶ぶりではありますが、

「上司の鏡」が、

私のことを高く評価してくれてのことだったので、

俄然モチベーションは上がりました。

 

「上司の鏡」は、

2年間共に働いたあと、

定年退職を迎えました。

 

その時に、

 

「今年、実習指導者の講習を受けてもらうよう、次の看護部長に言ってあるから」

 

と言われました。

 

さらに、

モチベーションが上がることです。

 

しかし、

後任で来た看護部長SMDは、

それを反故にしました。

 

そのことに抗議したら、

 

「そんなことは聞いていない」

 

と。

 

あとで、

「上司の鏡」に確認しましたが、

ちゃんと引き継いだとのこと。

 

モチベーション、

ダダ下がりです。

 

さらに私は、

他の病棟に異動となりました。

 

理由は、

新人の男性看護師が来るからというもの。

 

これは、

理由にならないと思います。

 

私だって、

部署に男性看護師が私だけのことが、

何回かありました。

 

看護師は、

いくら増えてきたとはいっても、

いまだに女性中心の世界です。

 

私は、

そう思っています。

 

しかも、

また私を、

新人指導に充てようとしていたようです。

 

転勤初年度は、

「上司の鏡」直々の頼みだったから、

無茶ぶりながら新人指導を行ったのです。

 

しかし、

SMDとは、

この件で抗議するまで、

話したことなど一度もないのです。

 

それなのにSMDは、

 

「あなたのことは、(他の人から聞いて)よくわかっています」

 

と言い放ちました。

 

話もせずに、

相手のことなど、

わかるはずはありません。

 

しかも、

信頼関係のない者のことなど、

信用できるわけがありません。

 

私のモチベーションは、

大きくマイナスとなりました。

 

そして、

このことが一因となって、

その病院を辞めたのです。

 

看護部の首脳陣よ。

 

看護師を、

うまく使いたかったら、

無理難題を押し付けるだけではなく、

その前に、

信頼関係を築き、

モチベーションを上げてやることが大切です。

 

そのためには、

人から聞いた話を鵜呑みにするのではなく、

対話することが必須です。

 

尊敬できる上司は、

みんなそうしていました。

 

もちろん、

「上司の鏡」も。

 

尊敬できる上司だからこそ、

無理も聞けるのです。

 

信頼関係のない、

尊敬できない上司からの無茶ぶりは、

パワハラ以外の何ものでもありません。

 

自分の言うことを聞いてほしかったら、

圧を使うのではなく、

こちらの要望も聞き入れましょう。

 

そうすれば、

部下は従います。

 

これが、

部下の上手な操縦法ではないでしょうか。