「おのれはブラックジャックか?」/無知で恩を仇で返した一家の末路
これは、
私が近畿中央病院で、
外来・検査部門に所属していた時の話です。
ですから、
もう11~14年前の話になります。
以前にも、
何度か話していますが、
外来の看護師は、
通常業務で夜勤がない分、
救急外来において、
夜勤(当直)と、
土日祝日の日直を、
することになっています。
ある日、
夜勤をしていると、
救急搬送依頼の電話がかかってきました。
ソケイ部(脚の付け根)の痛みを訴えているとのこと。
この時点で、
ソケイヘルニアであることは明白です。
この時、
外科の当直は、
T先生でした。
このT先生は、
外科の医師にしては、
珍しく穏やかな先生で、
人気の高い先生でした。
外科の医師といえば、
自信に満ち溢れた方が多いイメージなのですが、
この先生は違いました。
患者に対しても、
部下の医師に対しても、
我々看護師に対しても、
優しく接していました。
救急車の患者を受けるか否かは、
当直医が判断します。
私は、
T先生に電話をかけ、
お伺いをたてました。
優しいT先生が、
断るわけもなく、
受け入れることになりました。
しかしここで、
ひとつ問題がありました。
この日は、
麻酔科医師が、
緊急手術に対応できないとの、
お達しがありました。
ソケイヘルニアの根治のためには、
手術が必須です。
そこで、
T医師から、
「緊急手術は行えないので、それでもよかったら来てくださいと、救急隊に伝えてください」
と言われました。
その旨を、
救急隊に伝えると、
搬送する旨の返事がありました。
救急隊にすれば、
搬送先さえみつかって、
搬送してしまえば、
仕事は完了します。
それでもし、
手術が必要となったら、
転送が必要になりますが、
一旦近畿中央病院に搬送したあとは、
転送先をみつけるのは、
近畿中央病院の仕事となり、
自分たちには関係がなくなるから、
どうでもいいのです。
転送になれば、
近畿中央病院から、
改めて救急隊に、
転送を依頼することになりますが、
救急隊にとっては、
そのほうがいいのです。
救急隊の、
一番厄介な仕事は、
搬送先をみつけることであり、
搬送すること自体は、
苦ではないのです。
こうして搬送されてきたのは、
20歳前後の男性でした。
両親の付き添いがありました。
診察の結果、
やはりソケイヘルニアでした。
ソケイヘルニアは、
まず飛び出た腸を、
元に戻すことが必要です。
元に戻すには、
「徒手整復」
と言って、
皮膚の上から、
手で元に戻します。
T先生もこれを行い、
腸が元に戻ると、
激痛を訴えていた男性は、
平静を取り戻しました。
この時T先生は、
丁寧な説明を行いました。
いつも、
されていることではありますが・・・。
まず、
腸を戻して、
症状は治まったけど、
また腸が飛び出すと、
同じことになるので、
完治を望むのであれば、
手術が必要であること。
近畿中央病院は、
本日緊急手術が出来ないので、
緊急手術を希望するのであれば、
他の病院にお願いすることになること。
1度起こせば、
繰り返すことになるので、
いずれは手術が必要になること。
等々
説明を行いましたが、
痛みが消えた男性は、
話をまともに聞かず、
帰宅を希望して、
両親とともに帰って行きました。
それから、
どれぐらい経ったでしょうか。
たぶん、
1時間、
いや30分も経っていなかったと思います。
再度、
この男性の、
救急搬送依頼がありました。
同じ症状でした。
先ほど受けたので、
今回も受けました。
同じことの繰り返しです。
また、
徒手整復を行い、
再度手術を勧めましたが、
男性は帰宅を希望しました。
最初の時か、
この時かは忘れましたが、
痛み止めを、
処方されたとお思います。
そして、
男性は帰宅しました。
しかし!
「2度あることは3度ある」
の言葉通り、
また30分もしないうちに、
3度目の搬送依頼がありました。
そして、
三度(みたび)搬送されてきて、
徒手整復が終わったあと、
付き添っていた男性の父親が、
T先生に対して、
こう言い放ちました。
「おのれはブラックジャックか?」
言っている意図が理解できないT先生は、
あっけに取られて
「は?」
と答えるしかありませんでした。
すると父親は、
こう続けました。
「おのれはブラックジャックかと言っとるんじゃ。そんな、手でやって、治るわけないじゃないか。このヤブ医者が」
そのやり取りを、
傍で見ていた私は、
普段穏やかで優しいT先生が、
この状況に対応できるかどうかわからなかったので、
助け舟を出そうとしました。
その時、
内科当直だった、
TKHSという医師も、
騒ぎを聞きつけて、
現場に来ていました。
TKHS医師は、
私が近畿中央病院に来る前は、
近畿中央病院の常勤医だたそうですが、
この当時は、
近畿中央病院を中心に、
非常勤で、
診療を行っていました。
しかし、
さすが外科の医師。
それまでも、
数々の修羅場を、
くぐり抜けてきたのでしょう。
いつもと変わらない様子で、
冷静にこう返しました。
「これが、ソケイヘルニアの一般的な戻し方です。ただ、完治を望むのであれば、手術が必要であると、何度も説明しています」
それに対して、
父親はこう答えました。
「えっ・・・」
そう、
自分の無知を、
自ら晒した恥ずかしさに、
気付いたのです。
その後、
T先生は、
再度丁寧な説明を行いました。
緊急手術を希望するのであれば、
転院先を探して紹介状を書くこと、
近畿中央病院で手術を希望するのであれば、
翌日通常の外来を受診すること。
等々
しかし、
その場に居ることさえ恥ずかしい父親には、
T先生の話は、
聞こえていなかったと思います。
結局、
一緒に来ていた妻と、
患者である息子を連れて、
そそくさと帰って行きました。
その後、
その患者がどうなったのかはわかりませんが、
以後一晩、
救急搬送の依頼はありませんでした。
しかも、
後日外科を受診した形跡も、
ありませんでした。
そりゃそうです。
恥ずかしくて、
来れるはずがありません。
これで、
堂々と来ていたら、
逆にスゴイと思います。
でも、
あの様子では、
絶対に手術が必要なので、
きっと別の病院で、
手術を受けたのでしょう。
以前、
近畿中央病院のカルテに、
「#」
が付いている患者は、
本人もしくは家族に、
なんらか問題がある(クレーマーなど)と、
話したことがありました。
当時の運用では、
誰が付けてもよかったので、
私が付けようと思いました。
そして、
カルテを開けると、
すでに20個の#が、
付けられていました。
たしか、
「父親####################」
という感じだったと思います。
T先生が付けたとしたら、
「T先生も意外とやるなあ」
と思ったのですが、
どうやら付けたのは、
内科当直だったTKHS医師のようです。
彼なら、
やりかねないと思いました。
これが、
無知で、
丁寧な対応(恩)をした医師を、
仇で返すような言動をした一家の末路です。
要は、
アニメや、
医療ドラマの見過ぎの、
結果でしょう。
実際の医療は、
アニメやテレビとは違うのです。