看護部本日モ反省ノ色ナシ

看護師を中心に医療界の変なエピソードを話していきます

私は看護師をしておりますが まあおよそ一般社会では通用しないことがまかり通る それが看護師の世界です そんな看護師のエピソードとともに 医療界(病院)の変なことも話していきたいと思います

続編!病棟単位の去就状況・近畿中央病院

前回は、

2018年8月の勤務表に従って、

話しました。

病棟単位の去就状況・近畿中央病院 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

今度は、

2011年10月の勤務表で、

話していきます。

 

この年は、

私が外来検査部門から、

病棟に異動になった年です。

 

ただ、

体調不良があって、

しばらく病気休暇を取り、

復帰したのは、

7月か8月だったと思います。

 

大半は、

破棄した、

近畿中央病院の勤務表ですが、

HDDに取り込んでいたものが、

少しだけ残っています。

f:id:express_habana:20211112012941j:plain

 

前回と同様、

今まで、

このブログに登場した人は、

紫色で、

登場した表記で記します。

 

登場していない人は、

黒塗りとします。

 

黒塗りの人について、

語る場合は、

一番左の番号を、

使用します。

 

全体的にみると、

ちょうど10年間の間に、

半数ほどが、

退職に至っています。

 

これも、

スゴイ数字だと思います。

 

如何に、

近畿中央病院の看護師の、

定着率が悪いかを、

表しています。

 

この時の病棟師長は、

このブログにも度々登場している、

OIS師長です。

 

この人とは、

翌年度まで、

一緒に働きました。

 

部署が離れてからも、

病院内で出会えば、

挨拶をしてくれました。

 

ちょっと、

空気を読めんないところが、

 

「玉に瑕(きず)」

 

ですが、

近畿中央病院の看護師長の中では、

ごく常識人だと思います。

 

[2]の「TNK」は、

この時に登場した、

のちに主任となる人です。

医師の異例の行動/看護師の目に余る言動に苦言! - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

今回、

改めて勤務表を見て気付いたのですが、

この時、

この病棟には、

主任看護師は、

1人しか居なかったようです。

 

各病棟、

2人ずつ居るものなのですが・・・。

 

確かこの時期は、

主任が退職したにもかかわらず、

誰も後任になりたがらなかった時では、

ないかと思います。

 

[3]は、

中堅看護師で、

この年度の、

Aチームのチームリーダーを、

務めてました。

 

私が、

病棟に上がってきた当初は、

私に対するあ当たりが強かったのですが、

私が仕事で、

自分の看護師としての能力を、

証明したことで、

徐々に態度を軟化させました。

 

2012年度末(2013年3月)に、

退職しました。

 

退職した時には、

ちょっとびっくりしました。

 

病棟を、

自分の思い通りに、

回している印象があったからです。

 

しかし、

態度を軟化させてから聞いたのですが、

彼女なりに、

近畿中央病院に対して、

思ところがあったようです。

 

近畿中央病院を辞めてすぐ、

新規開業したある病院に就職したようですが、

居心地が良いようで、

 

「近畿中央病院には戻らない」

 

と言っていたそうです。

 

[4]は、

病棟に上がった時に、

私に指導してくれた人です。

 

今も、

近畿中央病院に在籍していますが、

性格も穏やかで、

看護師としての能力も、

高い人です。

 

近畿中央病院に居続けている、

看護師の中では、

珍しいタイプと言えます。

 

[5]は、

この時の、

患者の受け持ちだった看護師です。

天罰?私に理不尽なことを言った患者の末路Vol.1 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

この人は、

中途採用で、

近畿中央病院に来たのですが、

この人も確か、

翌年度中には退職しました。

 

この人も、

穏やかな人でした。

 

中途採用者が、

近畿中央病院に定着しないことを、

象徴することのように思います。

 

[6]は、

今でも近畿中央病院に在籍しています。

 

[7]は、

[3]と同年代の、

中堅看護師です。

 

2012年6月に、

一旦退職。

 

その後、

8・9月の2ヶ月だけ、

一時的に夜勤専従のアルバイトで復帰しました。

 

彼女の珍しいところは、

数年後、

近畿中央病院に、

再就職したのです。

 

私の知る限り、

一旦近畿中央病院辞めて、

正職員として復帰したのは、

この人を含めて2人だけです。

 

[8]は、

[3][7]と同年代の、

中堅看護師です。

 

私が病棟に上がってきた時から、

フレンドリーに話しかけてきて、

かわいらしい看護師でした。

 

ずっと、

 

「辞める辞める詐欺」

 

でしたが、

彼女も、

結局本当に辞めました。

 

2012年2月のことです。

 

[9]は、

この時産休明けか、

妊婦さんでした。

 

性格的に、

若干キツ目でしたが、

先輩を先輩として敬う気持ちは、

持っていました。

 

常識人です。

 

その後、

非常勤となり、

今も近畿中央病院に居るはずです。

 

[11]は、

以前話したSNさん。

 

この時、

卒後2年目でした。

 

2014年6月に、

退職しました。

 

[12]は、

この時新人だったMKさん。

 

今も、

近畿中央病院に在籍しています。

 

[13]は、

この時話したEVです。

「政治に興味ある?」 バカにするな!/看護師・EVの場合 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

この時に、

他の病棟から異動してきました。

 

以降、

少なくとも2019年まで、

病棟再編による異動を除いて、

同じ病棟に居続けています。

 

[14]は、

外来検査部門で、

一緒に働いていた主任です。

 

今は、

看護師長に昇格して、

引き続き近畿中央病院に、

在籍しています。

 

[15]は、

中堅看護師で、

この年度の、

Bチームのチームリーダーでした。

 

この人も、

ちょっとキツイところがありました。

 

[3]同様、

2012年度末(2013年3月)に、

退職しました。

 

チームリーダーを務めた者は、

以降の活躍を、

期待されているはずです。

 

それが、

2人とも辞めてしまう。

 

正に、

 

「異常事態」

 

です。

 

[16]は、

この年度の、

Bチームの副リーダーでした。

 

私が、

病棟に上がってきた時から、

何かと気にかけてくれて、

とても助かりました。

 

そんな彼女も、

2014年に、

片山・藤崎両名から、

いわれのない仕打ちを受けたこともあり、

結局辞めてしまいました。

 

後輩の面倒見も良く、

こういう人物こそ、

流出を必死で止めなければならないと思います。

 

それを、

いとも簡単に辞めさせるのですから、

近畿中央病院は、

 

「看護師を使い捨て」

 

と言っても、

過言ではないと思います。

 

[17]は、

中堅からベテランの域になろうとしていた、

看護師です。

 

美人でしたが、

ちょっとキツイところもありました。

 

この人は、

ずっと近畿中央病院に、

居続けると思っていましたが、

2012年2月に、

他の病棟に異動になったあと、

退職しました。

 

[18]は、

やや年齢不詳の人でしたが、

たぶん、

私と同年代だと思います。

 

夜勤の時などに、

よく話しました。

 

たぶん、

現在も近畿中央病院に、

在籍しています。

 

[19]は、

この当時から、

落ち着いていて、

仕事もできる看護師でした。

 

実年齢は、

思っていたよりも、

だいぶ若かったみたいです。

 

「老けている」

 

というのではなく、

仕事ぶりや、

普段の様子から、

もう少し年上だと思ったのです。

 

彼女も、

まだ近畿中央病院に、

在籍しています。

 

落ち着いているけど、

ユーモアもあって、

良いキャラクターです。

 

近畿中央病院にとっては、

良い人材だと思います。

 

[20]も、

もう近畿中央病院には居ません。

 

ちょと、

掴めないところもありましたが、

悪い人ではありませんでした。

 

[21]は、

中堅看護師のひとりです。

 

性格は、

かなりキツ目で、

先輩看護師にも、

食ってかかるところもあります。

 

翌、

2012年度、

Aチームの、

副リーダーを務めました。

 

今も、

結婚・出産を経て、

近畿中央病院に在籍しています。

 

[22]は、

私より少し年下の、

ベテランの域に達していた看護師です。

 

この人は、

一見キツそうに見えましたが、

実際は、

冗談のわかる人でした。

 

この人は、

今は、

近畿中央病院が合併する、

伊丹市民病院に居るようです。

 

折角辞めたのに、

また一緒に仕事をすることになる、

心境は如何に・・・といったところです。

 

[23]は私。

 

[24]は、

以前話したONSさん。

 

この時、

卒後3年目でした。

 

SNさんと同じ、

2014年6月に、

片山と一緒に働くのが嫌で、

辞めました。

 

[25]は、

SNさんと同期の、

HRKWさんです。

 

2015年3月に、

 

「重症病棟を経験したい」

 

という理由で、

退職しましたが、

本当の理由は、

片山・藤崎と、

一緒に仕事をしたくないことに、

あったのは明白です。

 

[26]は、

非常勤の看護師で、

元々は、

別の病院で働いていたようです。

 

この人も、

性格的にも能力的にも、

近畿中央病院にはもったいないような、

良い看護師です。

 

非常勤ながら、

近畿中央病院の看護師界を、

支えていると思います。

 

[27]は、

毎度おなじみ、

ヘルパーKoさんです。

情報漏洩クイーン・ヘルパーKo - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

こうやって、

過去の勤務表を振り返ると、

多少性格に難があるとしても、

優秀な看護師が、

かなり辞めていることがわかります。

 

そんな、

優秀な看護師が、

すぐに他の病院に就職して、

活躍しているのですから、

本当にもったいない話です。

 

「うちで育った子たちが他で活躍している」

 

などという、

負け惜しみを言っている場合じゃないんですよ。

「うちで育った子たちが他で活躍している」/まさに詭弁 近畿中央病院 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

せっかく、

人も時間もお金もかけて育てたのなら、

流出を防止する施策を、

講じるべきです。

 

それをやってこなかったからこそ、

今の、

慢性的な看護師不足、

そして、

優秀な人材の流出が止まらない状況が、

あるのです。

 

それは、

我々末端の看護師のせいではなく、

間違いなく、

看護部首脳の責任です。

 

大体、

どこの看護部も、

能書きばかり垂れる、

バカばっかりですから。

 

特に、

近畿中央病院は酷い。

 

今の看護部長、

私は知りませんが、

そうでないことを、

願うばかりです。

 

しかし、

人物も、

前任者・前田正美と同様、

 

「阪大病院の廃物使用」

 

です。

 

要は、

それなりの人物でしかないと、

いうことです。

 

期待は、

できないと思います。

 

阪大病院で、

退職金をもらって近畿中央病院へ。

 

そして、

近畿中央病院を辞める時にも、

また多額の退職金を、

手にするのです。

 

とても、

何かをやり遂げようとする、

やる気も能力も、

あるとは、

到底思えません。

 

あと、

この時、

ヘルパーは、

Koさんがひとり、

月~金(祝日除く)の、

8時~16時半に居るだけでした。

 

この時は、

患者が、

55床いっぱいに、

入っていることも多かったのですが、

ヘルパーひとりで、

よくやっていたと思います。

 

看護師も、

2018年よりは、

若干少ないにもかかわらずです。

 

一概に、

比較はできませんが、

それだけ2011年の看護師のほうが、

能力が高かったのかもしれません。

 

あと、

ベテラン・中堅・若手と、

まんべんなく居るのも、

良いのかもしれません。

 

最近の近畿中央病院は、

 

「超」

 

が付くほどのベテランと、

1~3年目ぐらいの若手との両極端で、

中堅がほとんど居ないのです。

 

たまに居ると思ったら、

小池のように、

先輩を、

しかも私のように、

20年ほどもキャリアに差がある、

 

「超ベテラン」

 

を、

舐めてかかるような者しか、

居ないのです。

 

もう、

こうなったら、

 

「負の連鎖」

 

なので、

バランスの良い人員配置になることは、

2度とないでしょう。

 

チャンスがあるとすれば、

合併の時ですが、

前にも話した通り、

合併したら、

旧・近畿中央病院と、

旧・伊丹市民病院で、

派閥ができるのは必至です。

 

そうなったら、

そうなる前に、

辞める人が、

続出すると思うので、

結局バランスの良い配置など、

望めないと思います。

 

まあ、

 

「お手並み拝見」

 

と、

いきたいと思います。