看護部本日モ反省ノ色ナシ

看護師を中心に医療界の変なエピソードを話していきます

私は看護師をしておりますが まあおよそ一般社会では通用しないことがまかり通る それが看護師の世界です そんな看護師のエピソードとともに 医療界(病院)の変なことも話していきたいと思います

なんでお前が仕切るねん!/今日のリーダーはワシじゃ!・片山

2014年は、

病棟再編により、

6階(4科)と5階(2科)をシャッフルして、

それぞれ3科として、

6階と5階を入れ替えるという、

荒業が行われました。

 

大半のスタッフも、

それぞれ入れ替わることになったのですが、

全員入れ替わると、

元の病棟のことがわからなくなるので、

お互い数人は、

元の病棟に残ることになりました。

 

それで残ったのが、

主任の片山で、

一緒に働くことになりました。

 

その病棟は、

旧5階から引き継いだ、

腎臓内科のホーム病棟となっていました。

 

腎臓内科の患者ということは、

人工透析を受けている患者が多く、

その場合、

透析室に患者を送り出す必要があります。

 

入院している患者は、

徒歩でひとりで透析室に行ける人はほとんど居らず、

ベッドもしくは車椅子での、

搬送が必要でした。

 

この時、

この「透析出し」が、

問題となっていました。

 

車椅子搬送なら、

看護師ひとりでの搬送が可能ですが、

ベッドであれば、

2人を要します。

 

夜勤の看護師は3人。

 

夜勤ヘルパーを入れても4人。

 

日勤のヘルパーに手伝ってもらうとしても、

朝食後の配薬などを行っている時に、

一時でも2人抜けることになるのは、

課題でもありました。

 

そもそも、

夜勤と日勤、

どちらが透析出しをするのか、

確立していなかったのが、

問題だと思います。

 

腎臓内科がホーム病棟ではない頃も、

人工透析を受けている患者は居て、

時々透析出しをしていました。

 

その時は、

夜勤が透析出しをすることになっていたので、

私はシャフル後も、

夜勤で透析出しを行っていました。

 

しかし、

みんな私を都合よく使うことは、

いつものことで、

私が夜勤なら私に、

私が日勤でも私に、

透析出しをさせました。

いいように使われる私 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

その後、

朝8時50分出しなら夜勤、

9時出しなら日勤というように、

決まったのです。

 

そんなある日、

私は日勤で、

リーダーをしていました。

 

その朝、

Dさんという若い看護師が、

夜勤明けで、

患者を透析出ししようとしていました。

 

その患者は、

ベッドでの搬送が必要でした。

 

しかし、

他の夜勤看護師や、

夜勤・日勤のヘルパーが、

他の業務で手が離せず、

搬送に困っていました。

 

Dさんは、

若いけど良い看護師で、

私が外来から病棟に上がって以来、

何かと力になってくれていました。

 

なので、

私が手伝いたかったのですが、

リーダーが不在になるというのは、

問題だと思いました。

 

可能なら、

他の人を手配し、

どうしても無理なら、

自ら行くのが、

リーダーとしての手腕だと思っていました。

 

そして、

その適任者に依頼しようとしたら、

先に片山がこう言いました。

 

「あんた(←私のこと)、行ってきて」

 

は?

 

お前は主任かもしれんが、

今日のリーダーをワシやぞ!

 

しかも、

 

「あんた」

 

って何やねん。

 

ワシ、

お前よりいくつ年上やと思ってるねん。

 

こんな、

目上の者に礼儀がなってない者が主任をしている、

それが近畿中央病院というところです。

 

こんな者を、

主任に任命した、

人を見る目がない看護部長が、

前々任者の藤井四美枝です。

 

普通、

主任なら、

自ら行くものじゃないですか?

 

以前に、

何度か登場したYH主任は、

こういう時、

自ら行動していましたよ。

それはお前の仕事やろ!/主任YHの場合 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

こんな話があります。

 

私が夜勤だった時、

日勤からの引継ぎの時点で、

亡くなりそうな患者がいました。

 

するとYH主任は、

もう1人の看護師(誰かは忘れました)とともに、

日勤終了後も残って、

その患者の死後の処置をやってくれました。

 

我々夜勤者は、

すごく助かったのを、

今でも覚えています。

 

これは、

以前歓送迎会か何かの時、

同じテーブルになった際に、

YH主任が話していたことを、

体現した結果です。

 

「主任は、みんなの倍仕事をしないと、主任と認めてもらえない。倍仕事をして、やっと『さすが主任』『それでこそ主任』と言ってもらえる」

 

近畿中央病院では、

主任に対する忖度がすごいので、

本来なら、

もっと仕事が降りかかるのでしょうけど、

まだこういう気持ちで、

ヒラより仕事をしようと思っているだけ、

マシなのかもしれません。

 

これは、

 

「部下のために、旗艦が敵弾をすすんで浴びる」

 

という、

旧日本海軍の指揮官の考えに、

共通するものがあると思います。

※用語解説:旗艦 - Wikipedia

 

それが、

上司のあるべき姿なのです。

 

今回の場合も、

私に仕事を振るのではなく、

片山は、

自らDさんとともに、

透析出しを行うべきでした。

 

そんな姿を部下に見せていれば、

いつしか信頼されるのです。

 

圧力をもって、

支配しなくても、

「私たちに付いてこれる者だけ付いて来たらいい」は?/とんでもない勘違い野郎 片山&藤崎 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

信頼も信用もなく、

尊敬もされていないのに、

指示だけするなど、

とんでもない話です。

 

もしこれが、

普段からYH主任のような言動をしていたら、

逆に、

 

「私が行きます」

 

と、

自ら立候補する人が、

出てくるかもしれません。

 

人の上に立つものは、

自ら模範となる姿を、

見せるべきです。

 

今なら、

きっと片山に反論して、

 

「お前が行けや」

 

と言うところですが、

この時は、

主任という肩書だけに免じて、

指示に従いました。

 

相手が、

お世話になって懇意にしていた、

Dさんだったということもありますが・・・。

 

実は、

この時の片山の采配には、

少し驚きました。

 

この時、

腹心の藤崎と結託して、

病棟全体を支配しようとしていたことは、

以前から何度も話してきました。

 

そして、

そんな中でも、

このDさんをいじめのターゲットにして、

いろいろ嫌がらせをしていたのです。

 

Dさんは、

仕事もできるし、

優しいし、

いじめられる筋合いなど、

微塵もないはずなのです。

 

この人のことを、

嫌っている人を、

見たことがありません。

 

考えられるのは、

単に藤崎が、

 

「気に入らない」

 

というもの。

 

自分が気に入らないという理由だけで、

いじめのターゲットにされるというのが、

看護師の世界の恐ろしいところです。

 

片山は、

その年初めてDさんと一緒に働いたはずなので、

要は藤崎のいじめに、

加担していたということ。

 

主任なら、

いじめをやめさせるものだと思うのですが、

率先して加担するとは、

主任の資質として、

いかがなものかと思います。