看護部本日モ反省ノ色ナシ

看護師を中心に医療界の変なエピソードを話していきます

私は看護師をしておりますが まあおよそ一般社会では通用しないことがまかり通る それが看護師の世界です そんな看護師のエピソードとともに 医療界(病院)の変なことも話していきたいと思います

手洗いの話

少し前に、

こういう話をしました。

今でちょうどいいぐらい - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

コロナ禍で、

一般の人にも、

感染予防策が、

浸透してきましたが、

本来なら、

コロナ禍でなくても、

今ぐらいするべきなのです。

 

感染予防策の中で、

最も基本的なのが、

 

「手洗い」

 

です。

 

一番効果が高いのは、

流水+せっけんで洗浄後、

手指消毒剤を、

使用することです。

 

今回も、

ショート・バージョンで、

お送りするので、

具体的な数字は割愛しますが、

二番目に効果があるのは、

手指消毒剤の単独使用です。

 

手が、

目に見えて汚れている場合には、

事前にそれを落とす必要がありますが、

そうでなければ、

時間もかからず、

手軽に行えます。

 

流水+せっけんで、

手指消毒剤と同じ効果を生むためには、

かなり時間をかけて、

隅々まで丁寧に、

行う必要があります。

 

煩雑な病院での業務中で、

時間をかけて手洗いを行うのは、

難しいでしょうから、

上にも書いたように、

明らかな汚染が無ければ、

手指消毒剤のみで、

かなりの効果が得られます。

 

そのことを、

私が近畿中央病院に在籍していて、

感染委員をしていた時に、

懇々と病棟で言っていたのですが、

なかなか浸透しませんでした。

 

インフルエンザが、

病棟内でまん延した時に、

一時的に、

手指消毒剤の使用量は増えましたが、

落ち着けば、

途端に使用量も減りました。

 

良いのか悪いのかですが、

世界的に、

しかももう2年も、

コロナ禍にあることで、

やっと手指消毒剤使用の重要性が、

医療者のみならず、

一般にも、

浸透したのです。

 

あとは、

例えコロナが収束したとしても、

今の状態を継続することです。

 

そうすれば、

インフルエンザも、

かなりおさえられます。

 

そのことは、

コロナ禍で、

証明されています。

 

やはり、

感染予防の基本は、

 

「手洗い」

 

そして、

 

「手指消毒」

 

なのです。

 

私が、

感染委員をしていた2017年度、

感染委員の、

私がリーダーを務めたグループで、

手指消毒の重要性について、

院内全職員を対象に、

勉強会を行いました。

 

その時は、

看護師はじめ、

みんなほとんど関心が無さそうでしたが、

今になってみると、

 

「先見の明」

 

があった、

勉強会であったと、

自負しております。

 

その勉強会を、

真面目に聞いていなかったから、

近畿中央病院は、

コロナのクラスターを、

発生させたのです。

 

すべては、

 

「あとの祭り」

 

です。

 

この時登場した、

後輩の男性看護師MZKMなど、

当の主催者(私)の前で、

 

「どうせ、大したことないでしょ」

 

と言い放ちました。

看護師は清潔感が大事 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

人を見る目のあるやつはどこに居るんだ!・近畿中央病院/病棟師長HYSDの場合② - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

失礼な話です。

 

しかし、

ご存じでしょうが、

なんでもかんでも、

アルコールが有効ではないので、

適切な消毒剤を使用することも、

大事です。

 

例えば、

 

ノロウイルス

 

は、

アルコールは無効で、

吐物や便を処理する時には、

手袋・ガウン・ゴーグルで、

完全防備してから、

塩素系の消毒剤を散布して、

回収する必要があります。

 

何が腹立たしいかと言えば、

コロナ禍において、

我々のような医療職ではなく、

 

「にわか専門家」

 

もしくは

 

「○○警察」

 

がしゃしゃり出てきて、

テレビで得た知識だけを鵜呑みにして、

語っていることです。

 

まあ、

無感心よりは、

よほどいいのですが、

それならそれで、

もっときちんとした知識を、

習得してほしいものです。

 

「ショート・バージョン」

 

と言いながら、

普通に長くなってしまいました。

「吸収合併」→私は最初からそう思っています

今日から、

次の仕事のための、

また違う社外研修が始まり、

忙しいので、

 


「ショート・バージョン」

 


で、

お送りします。

 


私の持つ情報網の、

有力筋から仕入れた情報によると、

現在の近畿中央病院は、

寂れた状況にあるようです。

 


人々が、

健康であると言えば、

聞こえは良いですが、

決してそうではないでしょう。

 


院内でも、

市立伊丹病院との合併を、

 


「吸収合併」

 


と表現し出したらしいです。

 


しかし、

そんなことは、

今に始まった話ではありません。

 


私は、

在籍当時から、

そう思っていましたし、

このブログでも、

一貫してそう表現しています。

 


でなければ、

合併後の主導権が、

 


外来・病棟=市立伊丹病院

人間ドック=近畿中央病院

 


とは、

ならないでしょう。

 


これは、

どう見ても、

対等合併とは、

言えないと思います。

 


もし、

近畿中央病院が、

そう思っているとしたら、

 


「とんだお祭り野郎」

 


です。

 


まあ、

在籍している者に、

 


「お祭り野郎」

 


が多いから、

仕方がないかもしれません。

 


「ポジティブシンキング」

 


と言えば、

聞こえは良いですが、

私に言わせたら、

 


「『確証バイアス』のスパイラル」

 


です。

確証バイアス - Wikipedia

 


この傾向は、

近畿中央病院の

 


「伝統芸」

 


であり、

この伝統芸が、

自らを、

滅ぼしたのだと思います。

 


当の本人が、

何と言おうと、

病院が消滅する事実を鑑みたら、

誰の目にも明らかです。

 


そんな、

 


「驕り」

 


が、

近畿中央病院を、

無きものにしたのです。

 


その反省をしない限り、

近畿中央病院が救われることは、

決してないでしょう。

 


この合併を、

前院長・有田憲生の功績と、

讃えているようでは、

もう終わりです。

 


今からでも、

遅くはありません。

 


それを、

功績から、

 


「戦犯」

 


にすることです。

 


それで、

 


「散華」

 


すれば、

幾分、

救われるのでは、

ないでしょうか。

 


この、

吸収合併による、

近畿中央病院の滅亡は、

一生懸命仕事をしていただけなのに、

病院の体制の不備により、

結核をうつされ、

理不尽に病院を追われた私に対する、

 


「レクイエム(鎮魂歌)」

 


だと思っています。

 


そうとでも思わないと、

私自身が救われませんから。

 


自己満足かもしれませんが、

理不尽なことをしたところの末路など、

たかだか知れていると、

いうことです。

一体何を教えるのか!?実践経験のない教員

私が、

2番目に勤めた病院を辞めて、

大学・専門学校の教員の道を模索していた時、

関西にある、

とある私立大学のHPに、

行き当たりました。

 

そこに、

男性の助手(現在の助教)の、

プロフィールが載っていました。

 

その大学を卒業後、

その大学の、

大学院に通っているとのこと。

 

つまり、

大学院生で、

その大学の教員も、

兼任しているということdす。

 

その人物が、

HPのプロフィールで語っていたのが、

次の言葉です。

 

「看護は素晴らしいものです」

 

は?

 

お前、

実践経験皆無ではないか!

 

実習に行ったぐらいで、

何語っとるねん!

 

ええ加減にせいよ!

 

・・・と、

私は言いたいです。

 

今でこそ、

大体どこの大学でも、

3~5年以上の、

実務経験を有することを、

採用の条件としています。

 

私は、

それでも足りないと思っています。

 

やはり、

実践経験は、

10年以上、

必要ではないでしょうか。

 

私が、

学生時代の教員は、

みんな、

実践経験が豊富でした。

 

その、

経験を交えた講義が、

とてもためになったのです。

 

しかも、

良いことだけではなく、

失敗談や大変だった話を聞くことで、

以後働くようになってからの覚悟が、

できたものでした。

 

では、

実践経験のないこの教員は、

一体何を教えるのでしょうか?

 

この教員に限らず、

その時期の、

特に私立の大学や専門学校においては、

実践経験のまったく無い、

もしくは乏しい教員が、

多数居ました。

 

そんな人に教えられた学生は、

本当にかわいそうだと思います。

 

きっと、

何の根拠もない、

 

「看護は素晴らしいものだ」

 

という言葉に騙されて、

机上の空論と現実のギャップに、

悩んだことだと思います。

 

我々が学生の時も、

 

「今の学生は(看護師になるという)覚悟が足りない」

 

と言われたものです。

 

今の学生たちは、

我々の時よりも、

そうだと思います。

 

だから、

実習で厳しく指導をすると、

親がしゃしゃり出てきたりするのです。

 

また、

新人に厳しくしても、

親が出てくるそうで、

それこそ、

看護師の仕事というものを、

舐め切っていると言わざるを得ません。

 

遊びではないんですからね!

 

実習も実践も!

 

人の命を、

預かってるんですよ!

 

厳しくするのは、

当然です!

 

ただ厳しいだけではありません。

 

褒める時は褒めます。

 

甘いだけが、

良い教員ではありません。

 

これから、

看護師を目指す方々へ。

 

学校を選ぶ際には、

実践経験が豊富な教員が揃っているところを、

探してください。

 

机上の空論で、

理想ばかり語るところに行くと、

苦しむことになるのは、

自分なのです。

男性看護師を利用しようとする組合

私が、

最初に働いた病院、

そして転勤した病院は、

当時、

組合が強いことで知られていました。

 

今は、

当時ほどではないかと思います。

 

そして、

私が就職した当時、

男性看護師の数は、

グループ全体で、

10数名しか居ませんでした。

 

というよりも、

系列病院には存在せず、

基幹となる病院(私が最初に働いた病院)にしか、

存在しませんでした。

 

かなり、

少なかったことが、

伺えます。

 

当時、

絶大な権力を誇った組合は、

男性看護師に目を付けました。

 

表向きは、

 

「男性看護師の地位向上のため」

 

ということでしたが、

それは本当に、

体の良い理由でしかありませんでした。

 

先に言いますと、

10数人しか居ない男性看護師のうち、

3名が、

組合活動を行うことになったのです。

 

間違いがないように言っておきますと、

以前にも話したように、

当時働いた病院においては、

組合加入は、

ほぼ強制でした。

 

ここで言う、

 

「組合活動」

 

とは、

組合の中枢に入って、

活動をすることです。

 

その3人とは、

すべて今までに、

このブログに登場した人です。

 

T崎K三、

「何しとるんや!」「着替えとるんや!」/疑う相手を間違う男・T崎K三 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

看護師は清潔感が大事 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

MY、

やらかし男性看護師MY/そのとばっちりを受ける私 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

そして辻です。

先輩を舐めきった後輩男性看護師・辻 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

実は、

私も、

組合に勧誘されました。

 

救命救急センターに異動になったあとのある日、

呼び出しがありました。

 

その時点で、

嫌な予感がしていたのですが、

確かまだ3~4年目で、

反抗する術を持っていなかったのです。

 

指定されたところに行くと、

組合で有名な面々3人が、

バカ面下げて待っていました。

 

案の定、

組合中枢に入る勧誘でした。

 

狭い密室(今ならアウト!)で、

3人から、

組合中枢に入ることを、

迫られたのです。

 

そりゃ、

賃上げや賞与(ボーナス)、

その他待遇の交渉を、

雇用側としてくれるなど、

日々の活動には、

感謝をしていました。

 

しかし、

自分が活動するとなったら・・・でした。

 

ああゆうことには、

向き不向きがあります。

 

自ら進んで、

組合活動をしたいという意思を持っている人が、

やるべきなのです。

 

私には、

そんな気持ちは、

まったくありませんでした。

 

私は、

はっきり断ればよかったのですが、

組合の幹部3人に、

密室で迫られて、

なかなか断れずに居ました。

 

その様子を、

相手3人は、

 

「どうしようか悩んでいる。あと一押しだ」

 

と、

勘違いしていたようでした。

 

そこで登場したのが、

この言葉。

 

「男性看護師の地位を向上させるために、一緒にがんばりましょう」

 

いやいや・・・

 

当時も、

そして今も、

看護師の世界は、

女性中心の世界ですよ。

 

そして、

男性看護師のみならず、

看護師全体の地位が、

未だに上がってないのですから、

男性看護師の地位のみを上げるなど、

無理に決まっているのです。

 

それなら、

まず看護師全体の地位を上げてから、

行うべきです。

 

要は、

表向きの理由を盾にして、

男性看護師を組合に引き込み、

自分たちのいいように、

利用しようとしていただけなのです。

 

看護師の地位が、

未だに向上していない現状をみれば、

そのことは明らかです。

 

私は、

看護師の仕事をしたくて、

その病院に就職したのであって、

組合活動をするために、

来たのではありません。

 

救命救急センターに、

女性の看護師で、

組合中枢に居た人が、

数人居ました。

 

その人たちは、

月によって、

夜勤以外は、

すべて組合活動をしていました。

 

私は、

看護師になって3~4年目、

しかも就職1年で、

救命救急センターに異動になったのです。

 

組合活動より、

看護師としての地盤を固めるほうが、

何よりも優先されるべきです。

 

余計な仕事は、

必要ないのです。

 

私は、

その旨を伝え、

組合の中枢に入ることを、

断りました。

 

「それならしかたがない」

 

と、

表上は引き下がりました。

 

しかし、

その後、

 

「あいつはダメだ」

 

と、

組合内部で陰口を叩かれていたみたいです。

 

その前に、

若い看護師を、

おっさん3人で取り囲んで、

組合活動を迫るなど、

やり方が汚いと思います。

 

当時は、

 

「ヤクザよりひどいな」

 

と思ったものです。

 

その後も、

報復と思われることが、

いくつかありました。

 

1つは、

当時のこの組合は、

旧・民主党を推していたのですが、

稲見哲男というおっさんの、

演説を聞きに行かされたのです。

稲見哲男 - Wikipedia

 

稲見は、

大阪市で、

 

ヤミ専従

 

を行い、

その他諸々、

一番甘い汁を吸ってきたうちのひとりです。

 

自分の推していない政党の、

演説を聞きに行くことを強制するなど、

違法だと思います。

 

もう1つは、

南海なんば駅前で、

署名活動をすることです。

 

どんな内容かは忘れましたが、

私の考えと真逆の内容で、

苦痛以外の、

何ものでもなかったのを、

今でも覚えています。

 

これを、

 

「報復」

 

と言わずして、

何というのか。

 

その点、

近畿中央病院は、

組合への加入は任意だったので、

よかったと思います。

 

要は、

当時の組合の輩は、

看護師の仕事を、

 

「暇」

 

だと思い、

軽視していたのだと思います。

 

そんな輩に、

 

「男性看護師の地位向上」

 

など、

言ってほしくありません。

 

本当に、

そう思うのなら、

自分たちが、

そういう活動をしたらどうかと思います。

 

看護師は、

日々の看護業務以外にも、

たくさんの仕事を抱えています。

 

そこに、

余計な仕事を押し付けるなど、

もってのほかです。

 

看護師のことを思うのなら、

看護師本人ではなく、

自分たちで、

変えていってください。

 

それで、

看護師の地位が向上したら、

看護師は、

その努力に応え、

強制しなくても、

組合活動を行うようになると思います。

 

「自分たちのことは自分たちでやれ」

 

なら、

もはや、

組合の存在意義はありません。

 

なお、

T崎K三・MY・辻の、

詳しい活動内容については、

またの機会に譲ります。

「上司の鏡」に立腹した話

このブログで、

繰り返し、

 

「上司の鏡」

 

を讃えていますが、

1度だけ、

腹が立ったことがありました。

 

他の上司には、

常に腹が立つことばかりだったことを考えると、

きわめて少ない数字であることが、

わかると思います。

 

上司の鏡は、

救命救急センターで、

病棟師長を務めたあと、

看護部の教育担当副看護部長になりました。

 

救命救急センター時代から、

肩書は副看護部長でしたが、

教育担当の副看護部長は、

数居る副看護部長の中でも、

看護部長に次ぐ、

 

「ナンバー2」

 

と言われているので、

実質

 

「栄転」

 

でした。

 

「出世なんかしたくないのに、出世してしまった」

 

と言っている割には、

着実に出世していくところも、

この人の魅力でした。

 

出世意欲丸出しの人よりは、

余程好感が持てます。

 

この時登場した、

TS主任のように、

看護師の本分を忘れ、

出世にまい進している姿は、

 

「辟易」

 

以外の、

何ものでもありません。

今ならアウト・・・いや、当時でもアウトです/業務上横領主任・TSの場合 - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

話を戻しますと、

今回の話は、

上司の鏡が、

教育担当の副看護部長に、

なってからの話です。

 

今も、

やっているのか知りませんが、

当時この病院では、

 

「JOINT」

 

というイベントがありました。

 

これは、

研修医と看護師が、

同じ患者のことを文章にまとめ、

発表するというもの。

 

「同じ患者」

 

と書きましたが、

これは基本的にそうなのですが、

違う患者でもよかったようです。

 

しかし、

それなら、

 

「JOINT」

 

の意味がないと思います。

 

ですから、

ほとんどの場合、

同じ患者で行われていました。

 

研修医の場合は、

発表をすることは決まっているのですが、

看護師の場合は、

誰が決めるのかは知りませんが、

指名制、

つまりやることを、

強制されるのです。

 

私に、

それが回ってきたのは、

詳しくいつかは忘れましたが、

成人精神神経科から、

救命救急センターに異動になって、

救命救急センターの一般病棟から、

重症病棟に配置換えになったあとの話です。

 

私と、

もう1人、

YSMRさんという、

私よりも年上で、

看護師としても先輩ですが、

私よりも後に、

救命救急センターに来た人が、

行うことになりました。

 

そして、

その指導には、

この時登場した、

OKMTがつきました。

型通りのことしかできない看護師/応用の利かない看護師・OKMT - 看護部本日モ反省ノ色ナシ (hatenablog.jp)

 

当時、

まだパワーポイントも普及しておらず、

私も作成するのは初めてでした。

 

それは、

一緒に発表する研修医(女性)が、

つくってくれました。

 

当時は、

今と違って、

パソコンで作成したパワーポイントを、

そのまま投影することはできず、

スライド用のフィルムに焼いて、

現像する必要がありました。

 

その機器が、

院内に1台と、

救命救急センターに1台、

つまり、

院内に2台しかありませんでした。

 

救命救急センターに所属する私は、

当然救命救急センターにある機器で、

作成しました。

 

しかし、

つい先ほどまで、

他の科の医師が使っていた時は、

故障していて、

使えなかったのが、

研修医と私が使う時にだけ、

なぜか自然に直っており、

難なく作成できました。

 

このあたりが、

 

「日頃の行い」

 

と言うのだと思います。

 

誰も言ってくれないので、

自分で言います。

 

ちなみに、

私たちが作成を終了した後、

また壊れたようです。

 

そして、

本番前に、

リハーサルが行われました。

 

その現場には、

医師側の責任者として、

臨床教育研究部、

つまり研修医の教育を統括する部門の責任者として、

今西政仁という医者と、

看護師側の責任者として、

教育担当の副看護部長、

つまり上司の鏡と、

もう1人(看護部の上司の鏡の部下)が、

参加していました。

 

研修医が、

先に発表し、

次は私たち看護師でした。

 

すると、

今西が、

こう言いました。

 

「発表のしかたが違う」

 

 

私たちには、

意味がわかりませんでした。

 

我々は、

看護師が、

通常看護研究を発表する方式で、

発表を行ったのです。

 

それを、

 

「違う」

 

と言われても・・・

 

この

 

「JOINT」

 

というイベントは、

その都度持ち回りになっています。

 

しかし、

研修医のローテーションする部署に限定されているので、

まわってくる部署は限られます。

 

そして、

救命救急センターは、

何回もその役割がまわってくるのですが、

前回と今回の間で、

方法が変わったようです。

 

この時の看護部、

つまり上司の鏡の言い訳は、

 

救命救急センターは、いつもやっているから、方法が変わったことを知っていると思っていた」

 

というものでした。

 

上司の鏡らしからぬ、

言い訳です。

 

看護師に、

 

「思い込み」

 

は、

禁物です。

 

救命救急センターの病棟師長時代なら、

 

「言っていなかった、ワシが悪いんじゃ」

 

とでも言って、

こちらを庇っていたはずです。

 

しかしこの時は、

我々を庇うことはありませんでした。

 

この時、

その場に居た、

私・YSMRさん・OKMT・MRYM師長は、

そんな看護部の態度に立腹しました。

 

看護部の思い込みや、

伝達不足で、

なぜ我々が医者から責められなければならないのか!

 

MRYM師長が、

ボイコットを容認したため、

ボイコットしようかとも思いました。

 

救命救急センターの他の看護師も、

この話を聞いて立腹して、

ボイコットに好意的でした。

 

しかし、

OKMTの、

 

「このままでは悔しいから、向こう(今西)のお望み通りのものにつくりかえて、認めさせよう」

 

という言葉に、

私は奮起しました。

 

その日から連日、

私・YSMRさん・OKMTは、

仕事以外救命救急センターの休憩室に詰めて、

文章をつくり上げていきました。

 

スライドは、

もう作成済みで、

今のように、

簡単に修正できないので、

スライドを基にして、

発表の方式を合わせるようにしました。

 

この時ばかりは、

OKMTの能力に、

助けられました。

 

基本、

真面目な人ですから。

 

ただ、

応用が、

なかなか利かないだけの話です。

 

酷い時は、

日勤終了後、

食事もせずに翌3時頃までやって、

一旦帰ったあと、

また日勤に出てくることもありました。

 

しかし、

悔しさが原動力となって、

私たちを突き動かしたのです。

 

そして、

発表本番を迎えました。

 

準備をしている時に、

今西が我々を見ていました。

 

「どうせ、お前らにはできないだろう」

 

と言わんばかりの顔をしていたので、

睨み返してやりました。

 

そして、

無事に発表終了。

 

すべての発表が終了し、

JOINTが終了したあと、

今西がこちらを見ていたので、

私は、

 

「ドヤ顔」

 

で、

また睨み返しました。

 

すると今西は、

バツが悪い感じで、

視線を逸らしました。

 

我々は、

勝ったのでした。

 

病棟師長MRYMも、

そして他の救命救急センターの看護師も、

 

「よくやった」

 

と、

我々の仕事を大絶賛してくれました。

 

その内容もさることながら、

医者の、

そして看護部の鼻を明かしたことを、

評価したのです。

 

看護部の連中はというと、

そそくさと帰って行きました。

 

元々、

このJOINTというイベントは、

表向きは、

 

「医者と看護師の共同研究」

 

となっていますが、

実際のところは、

そうではありません。

 

「看護師は、どう頑張っても医者には追い付けない」

 

ということを、

誇示するために行われているのです。

 

そんな裏のこともわからずに、

医者に乗せられて、

こんなことをしているようでは、

看護部も、

 

「見る目がない」

 

ということです。

 

やり方が変わった件についても、

医者側が、

医者にやり方に合わせろと言ったのです。

 

これも、

 

「看護師のやり方は劣っているから、医者のやり方に合わせろ」

 

と言っているのと同じです。

 

しかし、

医者の研究と看護師の研究は、

根本的にやり方が違うのですから、

それを

 

「合わせろ」

 

 

ということに、

そもそも無理があるのです。

 

医者の研究は、

事例検討的なことがほとんどです。

 

昨今、

看護師の研究も、

ネタが枯渇してきたせいか、

事例検討が多くなっています。

 

それなら、

医者のやり方に合わせても、

問題はないかもしれません。

 

しかし、

そこに研究要素はないので、

 

「JOINT」

 

をしても、

ほぼ同じ内容の発表になってしまい、

意味がなくなります。

 

医者は医者の視点で、

しかも医者のやり方で発表し、

看護師は看護師の視点、

そしてやり方で発表するからこそ、

意味があると思います。

 

お互いに、

欠けている部分を補うことで、

その患者のことを知らなくても、

発表を聞いている者が、

患者を想像することができるのです。

 

誰が、

このJOINTを考えたのかは知りませんが、

今西政仁だとすれば、

単に看護師をバカにしたいがために考えた、

愚かなイベントだと思います。

 

それに乗せられてしまう看護師も、

さらに愚かなのです。

 

看護師のプライドがあれば、

拒否する(できる)はずです。

 

医者の側も、

こんなイベント行わなくても、

看護師より優位なことは、

わかっています。

 

逆に、

こんなことをしたら、

 

「医者ってアホちゃうん」

 

と思ってしまいます。

 

医者の威厳を保ちたいのなら、

こんなイベントは即刻やめることと、

看護師に難癖をつける前に、

自分の直属の部下たる後輩医師に、

しっかりとした教育を施すべきです。

 

部下の教育もできていないのに、

看護師に口出しするとは、

もってのほかです。

 

重本達弘よ、

お前に言ってるんだよ!

 

ちなみに、

この今西政仁ですが、

今も違う病院で、

副院長として働いているようです。

 

医者は、

死ぬまで医者としての価値があるから、

本当にいいですね。

 

看護師は、

ピーク(30歳前後)を過ぎたら、

転職サイトから相手にされなくなり、

定年を過ぎたら、

 

「元・看護師」

 

と言われるようになるのですから。

 

お金も時間もかけて取得した、

認定や専門看護師の資格も、

定年を過ぎたら、

ただの紙切れです。

 

看護師も、

医者にバカにされないためには、

自身の資格に誇りを持ち、

医者や他の医療職にも、

流されないことが大切です。

 

上司の鏡に、

立腹したのは、

この1度限りでした。

 

この人は、

完璧な人ではありません。

 

どちらかと言えば、

大雑把な人、

良く言えば、

豪快な人です。

 

ミスも、

多々あります。

 

しかし、

自分がミスをすれば、

相手が部下であっても、

きちんと謝ります。

 

そして、

人が足らなければ、

自らが動きます。

 

だからこそ、

尊敬されるのです。

 

近畿中央病院の、

大半の上司のように、

 

「確証バイアス」

 

で、

自らを正当化する輩とは、

大違いです。

 

古川睦、

お前のことだよ!

 

前田正美、

正にお前だよ!!

元日も通常運転!/番外編・推し始めると辞めてしまうアイドル達

宣言通り、

このブログは、

毎日投稿ですので、

元日も、

普段と変わらず、

投稿していきます。

 

どんなネタにしようか、

迷ったのですが、

元日から、

腹を立てたくないので、

看護師以外の、

穏やかなネタでいきます。

 

私は、

SKE48が好きであることは、

このブログで、

何度か話してきました。

 

そして、

一番の

 

「推しメン」

 

が、

鎌田菜月さんであることも。

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さらに、

他に気になるメンバーが出現したら、

 

「推し変」

 

することなく、

推しを追加してしまうことも、

以前に話しました。

 

しかし、

推し始めた途端に、

辞めていくことが重なり、

精神的に、

かなり参ってしまった時期がありました。

 

まずは、

一色嶺奈さんです。

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外見は、

大人びていますが、

中身は2次元が好きな、

普通の女の子でした。

 

2018年の、

第10回AKB48総選挙で、

56位にランクインし、

今後が期待されていましたが、

その年の年末に、

自ら活動を辞退しました。

 

不祥事ではなく、

アンチからの誹謗中傷がひどく、

それに耐えられなかったようです。

 

推し始めてから、

2回ほど握手会に行きました。

 

実物は、

写真よりももっとキレイで、

推すことを本人に宣言しました。

 

2回目は、

2018年の秋でしたが、

その時には、

声が出せない状況になっていました。

 

体調不良ということでしたが、

その体調不良の原因が、

アンチによる誹謗中傷だったのです。

 

別に、

不祥事を起こしたわけでもなく、

誹謗中傷を受ける理由は、

何もないのです。

 

そんな奴に限って、

自分は

ちゃんとしていない輩がほとんどなので、

本当に許せないです。

 

今も、

SKEに居たら、

間違いなく中心メンバーになっていたはずなので、

本当に惜しいです。

 

今は、

普通の仕事をしているらしく、

もう芸能活動はしないと、

本人がSNSで公言していました。

 

しかも、

 

「こりごりだ」

 

とも言っていて、

アンチの誹謗中傷が、

酷いものだったことが、

伺えます。

 

一時的に、

SNSを復活させた時に、

 

「今でもれなひゅー(一色嶺奈さんの愛称)を推しています」

 

とコメントしたら、

 

「うれしいです」

 

と、

返事が返ってきました。

 

それが、

最後のつながりとなりました。

 

美人だし、

背も高く、

スタイルも良いので、

芸能界が、

このまま放っておくとは、

思えません。

 

しかし、

本人が、

 

「こりごりだ」

 

と言っている以上、

復活することはないでしょう。

 

一度だけ、

京都のイベントに出るという話があった時、

行きたかったのですが、

都合があって行けませんでした。

 

本当に、

悔やまれます。

 

次は、

岡田美紅さんです。

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ドラマ「JIN-仁-」の、

綾瀬はるかや、

ローラなどのモノマネで、

モノマネ番組にも出ていたので、

ご存じの方も、

いらっしゃると思います。

 

一色嶺奈さんが、

SKE48を辞めた失意の中、

次に推そうと思ったのが、

彼女でした。

 

しかし、

彼女も、

推し始めてすぐに、

まず目の病気にかかり休養。

 

そして、

それが原因として、

辞めるに至りました。

 

2019年4月30日に、

活動を終了しました。

 

地元の徳島に帰り、

普通の仕事に就いたようですが、

その後、

拠点を大阪に移すなど、

動きがありました。

 

今は、

YouTubeチャンネルを開設するなど、

姿を見ることができます。

 

彼女の魅力は、

年齢よりも幼く見える外見と、

穏やかな性格にあると思います。

 

推し始めた直後の卒業に、

心を痛めました。

 

3人目は、

白雪希明(しらゆき・こはく)さんです。

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私は、

清楚系も好きですが、

ギャル系も好きです。

 

岡田美紅さんと、

同時期に推し始めましたが、

 

彼女も、

岡田美紅さんと同時期に、

卒業しました。

 

以後、

地元の関東に帰り、

飲食店で働き、

SNSを継続していましたが、

ある時を境に、

SNSを休止しました。

 

現状は、

まったくわかりません。

 

「推しは推せるときに推せ」

 

という言葉があります。

 

この3人が辞めた時、

その言葉の重みが、

身に染みてわかりました。

 

私は、

SKE48しか、

アイドルは知らないと言いましたが、

 

「推そうと思ったら辞めた」

 

ということで、

もう1人思い出しました。

 

ケーブルテレビの

 

「TBSチャンネル1」

 

で、

土曜日の23時から、

 

「SKE48ZERO POSITION」

 

という番組が放送されています。

 

その前後に、

 

「乃木坂お試し中」

 

という番組が、

放送されています。

 

この時間帯は、

再放送と思われますが、

ドランクドラゴン鈴木拓と、

乃木坂46メンバー1名が、

MCを務めています。

 

現在、

この番組の乃木坂46メンバーのMCは、

伊藤理々杏さんが務めていますが、

その前は、

寺田蘭世(てらだ・らんぜ)さんが務めていました。

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彼女のことは、

この番組で初めて知りました。

 

乃木坂46で、

顔と名前が一致するのは、

白石麻衣ぐらいでしたから。

 

何回か、

この番組を見ていくうちに、

彼女に魅力に引き込まれました。

 

そして、

 

「推そう」

 

と思った時には、

実はもう、

卒業することが決まっていたのです。

 

そして、

2021年12月12日、

彼女は卒業しました。

 

どうして、

もっと早く、

彼女のことを見つけられなかったのか、

後悔してもしきれないです。

 

彼女は、

卒業と同時に、

芸能界も引退し、

新たな道に進むようです。

 

せめて、

新しい道にすすむ彼女を、

応援したいと思います

御礼

本年は、

弊ブログを、

ご愛顧いただき、

誠にありがとうございました。

 

来年から、

新しい仕事を始めますが、

基本的に毎日、

投稿する予定です。

 

引き続き、

よろしくお願いいたします。

 

良いお年を、

お迎えください。

看護師の薬物事情/自身の経験と同僚の話

以前に話しましたが、

看護師には、

精神を病んでいる人が多く、

精神科や心療内科に通いながら、

神経をすり減らして、

働いています。

 

しっかりと、

精神科の薬(主に抗うつ薬)を服用しているひとは、

そこまで多くないかもしれませんが、

睡眠薬を服用している人は、

結構多いと思います。

 

私は、

元々薬が好きではないので、

極力、

最低限必要な薬しか、

のみたくないほうです。

 

初めて、

睡眠薬をのんだのは、

北海道にスノーボードに行った時でした。

 

30歳前後のことです。

 

朝から晩まで滑り倒して、

体は疲れているのに、

アドレナリンが出ていて、

なかなか眠れなかったのです。

 

一緒に行っていたHMMT君が、

睡眠薬(たしかレンドルミン)を持っていて、

 

「要るか?」

 

と言われたので、

のんでみました。

 

ただし、

初めてだったので、

半錠にしたのですが、

あまり効いたような気はしませんでした。

 

なので、

以降も続けて使用することは、

ありませんでした。

 

次の機会は、

私が近畿中央病院に来て、

外来から病棟に上がった時でした。

 

前に、

話したかどうかはわかりませんが、

その時に、

眠れなくなりました。

 

当時の、

病棟師長OISに相談。

 

当時の看護部長・藤井四美枝の勧めで、

心療内科を受診し、

 

適応障害

 

の診断により、

休養することになりました。

 

こう見えて、

私は結構繊細なのです。

 

その時に、

軽い抗うつ薬と、

頓服で、

睡眠薬(確かエリミン

が処方されました。

 

しかし、

抗うつ薬の服用と、

休養が奏功し、

睡眠薬を服用することなく、

睡眠も改善しました。

 

次の、

服用する機会は、

2019年12月末から2020年2月なかばにかけて、

労災による結核で入院した時です。

 

大事なことなので、

何回でも言いますが、

私はこう見えても、

 

「繊細」

 

なので、

入院環境に、

すぐに適応できなかったのです。

 

入院自体が、

人生初めてのことだったので、

余計です。

 

最初は、

我慢していた・・・というよりも、

倦怠感が勝っていて、

不眠にまで気が回らなかったのです。

 

体調が回復したら、

不眠が気になってきました。

 

看護師に相談して、

睡眠薬を出してもらいました。

 

しかし、

毎日は服用しませんでした。

 

やはり、

極力必要のない薬は、

のみたくなかったのです。

 

その次の機会は、

今年の4月です。

 

人生で初めて、

2ヶ月弱ほど、

連日睡眠薬を服用しました。

 

弱い薬だったので、

あまり効いている実感はありませんでしたが、

 

「のまないよりはマシ」

 

ぐらいの効き具合でした。

 

その次は、

今年8月あたまから、

9月あたまにかけての、

結核再発による再入院の時でした。

 

この時は、

眠れないというよりも、

股関節の痛みが強くて、

眠れなかったのです。

 

股関節の痛みは、

 

変形性股関節症

 

によるものと判明しましたが、

今のところ、

手術の適応ではなく、

痛み止めで対処するしかありませんでした。

 

それで、

最初は、

痛み止め(ロキソニン)を、

頓服で服用していたのですが、

効く時と効かない時があって、

その分睡眠も不安定でした。

 

それで、

睡眠薬も併用することになったのです。

 

併用した初日が、

よく眠れたので、

その方法を続けたかったのですが、

睡眠薬だけは、

看護師預かり(他の薬はすべて自己管理)だったので、

諸事情により、

毎日そうすることはできませんでした。

 

私は、

こうして、

節度を守って、

睡眠薬を使用していました。

 

しかし、

精神科に長く居ると、

私たちの常識とは、

かけ離れた薬の使い方になるようです。

 

それは、

当時、

薬の管理が杜撰だったこともあるのですが、

成人精神神経科の病棟において、

処方内容が変わるなどして、

余った薬を、

薬局に返却することなく、

看護師が着服していたことにあります。

 

私は、

1年しか在籍しなかったので、

したことはないのですが、

特に睡眠薬を、

自分のものにしていた輩が居ました。

 

一番ひどいのは、

私の同期FJMTです。

 

このブログにも、

何回か登場しています。

 

これは、

HMMT君から聞いたのですが、

FJMTが夜勤入りで、

夕食を食べに行ったら、

いろいろな種類の睡眠薬を、

20錠ぐらい服用していたそうです。

 

さすがのHMMT君も、

ドン引きしたとのこと。

 

しかも、

酒も入っているのです。

 

それでもFJMTは、

 

「眠れない」

 

と言っていたそうで、

 

「ミイラ取りがミイラになった」

 

状態でした。

 

これで、

まともな仕事ができたのか、

甚だ疑問です。

 

夜勤(深夜)は、

2人での勤務でしたから、

FJMTが使いものにならなければ、

 

「アウト」

 

なのです。

 

精神科だから、

ギリいけたのかもしれませんが、

普通の病棟なら、

絶対にアウトでしょう。

 

これは、

極端な例ですが、

看護師は、

程度の差こそあれ、

こういう事情を抱えている人が、

比較的多いということを、

一般の人に、

知っておいてもらいたいです。

 

「そんな人に看護をしてもらいたくない」

 

と思うかもしれませんが、

看護師だって、

人なのです。

 

生きていくためには、

働かないといけないわけで、

薬で症状を抑えたり、

睡眠を確保して、

仕事を行い、

お金を稼いでいるのです。

 

これは、

悪いことではないはずです。

 

私は、

看護師以外の仕事をしたこともあるし、

今後看護師以外の仕事をします。

 

つまり、

 

「ツブシが利く」

 

のです。

 

しかし、

看護師の大半は、

看護師しかできません。

 

特に、

男性の看護師は、

 

「ツブシが利かない」

 

のです。

 

だから、

薬を使っていても、

違法なものでなければ、

そして、

仕事をちゃんとしていれば、

許してあげてほしいと思います。

 

話は変わりますが、

患者が入院してきた時に、

いわゆる

 

アナムネ

 

で、

いろいろ話を聞くのですが、

持参薬に睡眠薬があったので、

 

睡眠薬をのんでいるのですね」

 

と問うと、

大概、

 

「いいえ。睡眠導入剤です」

 

答えます。

 

いやいや・・・

 

睡眠導入剤も、

睡眠薬の一種ですから~~~残念!(古!)

 

これは、

 

「自分は精神疾患じゃない」

 

というアピールに、

ほかなりません。

 

心配しなくても、

看護師は、

そのあたりには、

理解があるから、

大丈夫なのに・・・

 

話を戻しますが、

とにかく、

看護師も患者も医者も、

みんな

 

「人」

 

だということを、

わかっておいてほしいです。

 

そして、

看護師には、

節度を持った薬の使用を、

こころがけてほしいです。

新人の時から見る目があった私の同期

前項でも登場しましたが、

私の同期で、

一番仲が良かった、

HMMT君のお話です。

 

おさらいをしておくと、

彼とは同期でしたが、

年は1つ上でした。

 

広島出身で、

九州の国立医療短期大学を卒業して、

大阪で就職したのです。

 

国立の、

医療短大出身という点は、

私と同じでした。

 

飛行機が好きで、

本当は、

航空自衛隊に入りたかったそうですが、

その夢は、

叶わなかったようです。

 

そういえば、

近畿中央病院には、

航空自衛隊に在籍したことのある、

男性看護師が居ました。

 

今は、

故郷の九州に、

帰ってしまいましたが。

 

彼は、

中途採用で近畿中央病院に来たのですが、

そんなに長い期間在籍することなく、

辞めて行きました。

 

近畿中央病院とは、

そういうところなのです。

 

話が逸れましたが、

私とHMMT君は、

ともに成人精神神経科に配属されました。

 

私は、

1年で救命救急センターに、

異動となりましたが、

引き続き、

よく一緒に遊びに行く仲でした。

 

私が、

たぶん救命救急センターの、

重症病棟の所属になってからのことですから、

3年目以降の話になります。

 

ある日、

夜勤をしていると、

3次救急搬送の連絡がありました。

 

CPA(心肺停止)とのことでしたが、

蘇生に成功したら、

重症病棟に入ることになるので、

もう1人の夜勤とともに、

入院の準備をすすめました。

 

続報が入り、

どうやら、

成人精神神経科の入院患者で、

外泊中に自殺をはかったようでした。

 

救急外来での処置が、

長引ていたので、

私は様子を見に行きました。

 

様子から見て、

蘇生は厳しいようでした。

 

当直医が私に、

 

「(私の名前)君、知ってる患者か?」

 

と、

尋ねましたが、

私の知らない患者でした。

 

結局、

その患者は、

蘇生することなく亡くなりました。

 

後日、

HMMT君から、

その患者の話を聞きました。

 

外泊するにあたり、

HMMT君は、

反対したそうです。

 

しかし、

他のスタッフは、

誰も反対せず、

主治医も許可したので、

結局外泊したのです。

 

「どうなっても知らんぞ」

 

HMMT君は、

そう思ったそうですが、

その通りの結果となりました。

 

どうやら、

病院を出たあと、

すぐに近くの川に、

飛び込んだようでした。

 

その患者の家族は、

そうなりそうな予感もあったし、

死ぬことで本人が楽になったのならと、

特に病院側の対応を責めることは、

ありませんでした。

 

当時は、

それで済んだかもしれませんが、

これが今なら、

訴訟になっていたでしょう。

 

このHMMT君、

当時は3~4年目ぐらいだったと思いますが、

実は新人の頃から、

結構こういう指摘をしていました。

 

そして、

それが見事に当たるのです。

 

要は、

 

「見る目がある」

 

ということだと思います。

 

このブログで、

繰り返し言っている通り、

見る目、

特に人を見る目を養うことは、

大事なことです。

 

特に、

看護師など、

人にかかわる仕事をしている人は。

 

今回のエピソードも、

HMMT君の提言を、

主治医が聞いていれば、

防げたことなのです。

 

前々項でも話しましたが、

看護師は、

医療職の中で唯一、

24時間患者を看ています。

 

ですから、

患者のちょとした変化も、

気付きやすいのです。

 

その看護師が、

 

「外泊させるのは危険」

 

と言っているのですから、

主治医は、

外泊許可を出すべきではないのです。

 

しかし、

もっと問題なのは、

HMMT君より先輩の看護師が、

誰一人として、

外泊に反対しなかったことです。

 

余程、

人を見る目がないということでしょう。

 

その中には、

あのT崎K三も含まれます。

 

看護師の中でも、

精神科の看護師は、

さらに人を見る目があることを、

求められると思います。

 

それなのに、

後輩(HMMT君)に負けてしまうとは・・・

 

しかし、

この患者の場合、

まだ誰も道連れにしなかっただけ、

いいのかもしれません。

 

自殺自体、

良いことではありませんし、

防がなければなりません。

 

ですが、

本人がそれで救われるのであれば、

しかたがないのかもしれません。

 

もし、

どうしても死にたいのであれば、

ひとりで行うべきです。

 

決して、

他人を道連れにするようなことは、

あってはならないのです。

 

それなら、

自殺など、

するべきではありません。

 

前にも話した通り、

精神科の患者の中で、

自殺をほのめかしている人に限って、

実はする気が無い人が、

大半を占めています。

 

表立って、

言っていない人のほうが、

危険です。

 

 

そういう部分を、

見抜く能力を持っているのが、

私の同期HMMT君なのです。

 

彼とは、

同期の中で、

一番よく遊びに行きました。

 

スノーボードを一緒に始めたり、

旅行にも行きました。

 

しかし、

今は疎遠になっています。

 

3~4年目で、

こんな感じなのですから、

今はもっと、

優秀な看護師になっていることでしょう。

 

私は、

看護師を辞めたので、

あわせる顔がありませんが、

10何年か振りに、

会ってみたいものです。